2 ビリニュス その2

国会議事堂やKGB博物館にほど近い公園。都心のゆったりとした公園であるが、1991年にはここに市民が集まり、ソ連軍に対する抵抗の拠点のひとつになったという。

私の訪問したときには、若者のグループや家族連れなどが楽しく遊んでいて、つい10年前に大事件の舞台になったとは思えなかった。

ナショナルギャラリー。もともとは民俗学の博物館だったのだが、ソ連時代の抵抗運動の展示もやっているということで訪問した。

だが、近くへ行っても人の気配がまったくしない。ひょっとして‥と悪い予感がしたが、あたってしまった。休館であった。ガイドブックでは休館日じゃないので行ってみたのだが、どうも長期休館中のようであった。

これは大統領官邸であったと思うのだがはっきりとはしない。
大聖堂。もともとは14世紀につくられたが、18世紀に現在のものに改築された。屋根の上に、像がたっているが、三聖人の像で、ソ連時代に撤去されたのだが、1996年に再びたてられたという。

手前は鐘楼。登ることもできたようだが、そうした気力もなかった。そのかわり、大聖堂の地下を見学できるようになっていて、見学した。何度も改築されていることなどがわかった。

ゲディミナス城。丘の上と丘の下に城がある。丘の上の城にはリトアニア国旗がはためいているが、これは1988年から、その前には、リトアニア・ソビエト共和国旗が掲げられていた。独立宣言よりも前から、この国旗が掲げられ、ソ連からの自立を表現していたことは注目される。
ゲディミナス城からの眺め。赤い屋根の建物が並んでいて美しい。

旧市街の街並み。狭い道の両側に古い建物が並んでいる。
 

旧市街の街角で。あちこちで、ミュージシャンや大道芸人を見かけた。小さい子どもも笛を吹いていたのが印象的であった。

聖ヨハネ教会。ソ連時代は、はじめはワインの倉庫になり、その後、科学思想博物館になったという。今は、教会としての機能を復活させている。

リトアニアで、最も信仰を集めているのはカトリックである。同じバルト三国でもエストニアはプロテスタント、ラトビアはプロテスタントが優勢だが南部ではカトリックも多い、といったように国によって事情が少し違うようである。

だが、カトリックにせよ、プロテスタントにせよ西欧で主流のキリスト教がバルト三国では支配的であるということは、ロシアなどで支配的であるのは正教だという点と異なっている。この点からも、バルト三国は西欧文化が優勢であるといえそうである。

2004年、バルト三国のEU加盟ということも、文化的な背景を考えてみると、ロシアと一体というのは不自然で、西欧と一体というほうが理にかなっているようだ。

夜明けの門。ビリニュスにはかつて9つの城門があったが、現在、ここだけが残されている。門の2階部分は、礼拝所になっている。

この門の内側が旧市街で、活気があふれている。外側は、交通量は多いが、商店は少なく、歩いている人の姿もあまりみかけない。

この日の夕食は旧市街のレストラン「ロキス」にて。熊の剥製が出迎えてくれる、レンガでできた地下室のレストランである。地元の大学生らでにぎわっていた。ここでは、黒ビールを注文した。

このあと、ホテルに戻り、歩きつかれた体を休めた。

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