2007.11  姫  路

 

 

えきそば−書写山−姫路城−あなご飯−好古園−神戸市立博物館

 

1   え き そ ば

 

  秋も終わりかけの一日、姫路を中心とした日帰りの旅をしてみた。

  早朝に出発したので、姫路駅の名物「えきそば」で朝食。これ、実は隠れた姫路の名物なのだ。

  左の写真の「えきそば」と書かれている下には「Ekisoba since 1949」と小さく書かれていて、歴史のある駅そばなのだ。写真に写っている「えきそば大盛り」380円にする。1.5倍の盛りらしい。普通盛りなら330円。

  券売機で買った大盛りのチケットは、天ぷら・きつね共通だったので、何かと聞かれたので、天ぷらにした。

  「えきそば」の特徴は、中華麺に近い黄色い麺に和風のだしを使っている点だ。味は基本的には関西風の薄味だが、関西のだしとしては、やや濃い目。

  中華麺に近いっても、中華麺ではない。中華麺より、白いし、太いし、何よりコシがない。うどんと中華麺の中間とおもえばよい。  

  姫路駅前。最初に向うのは、書写山。駅正面の西側の神姫バスのターミナルからの乗車だ。

 

 

 

 

  

  8時20分発の8番、書写ロープウェイ行きに乗車。ICOCAを使用する。ICOCAがローカルバスにも普及してきており便利だ。小銭の心配がないので気楽だ。(運賃は280円)

  バスが終点に着くと8時44分。何とか、45分のロープウェイに乗れそうだ。

  急いで往復切符(900円)を券売機で購入して、乗場への階段を上った。少し待ってくれたのだろうか。45分発に乗れた。

  4分で山上へ。この日は、天気がよく、はるか遠方に、淡路島や家島を見ることができた。

  右の写真は、山上にて撮影。 

 

2   書 写 山

 

  書写山は、正式には「書寫山圓教寺」。ロープェイを下りて、50mほど歩くと、入場料を払う関所がある。300円。

  さらに50mほど行くと、慈悲の鐘があり、ここで左右に道が分かれている。左はバスが通るので、歩く人は右を勧めるという表示もあるし、右へ行けば、玄関ともいえる仁王門があるので、右を行く。

  坂の途中に、観音様がいくつも見守っている。少しきつい坂を10分ほど上がると仁王門。

  紅葉がきれいだ。木によって、真っ盛りの木もあれば、盛りを過ぎてくすんでいるものもある。

  左  摩尼殿(これが本殿)に向かう途中にて撮影

  下  摩尼殿  

  右  摩尼殿の入口

 

 

 

 

 

 左  摩尼殿の内部

  右  左側が食堂(じきどう)、右側が大講堂   広場の左側にも建物があって、それは常行堂。3つの建物が広場を囲んでいる。  

 

 

 

 

   左  奥の院 開山堂

  山木立に囲まれた薄暗いところにあり、奥の院という雰囲気のところ。

  右  鐘楼  

  下  再び摩尼殿  このあと、バス道を通り、10時30分のロープウェイで下山。

 

 

 

 

  バス乗場に行くと、8番のバスが止まっていた。10時40分のバスだ。うまい具合に接続できてラッキー。  

 

3   姫 路 城

 

  姫路城は、1333年に守護・赤松則村が砦を建てたのがはじまりで、小寺氏、黒田氏が入城。1580年に羽柴秀吉が入城して、3層の天守閣を完成させた。

  関が原の役の後、1601年、池田輝政が入封し、7層の天守閣を築いた。続いて入封した本多忠政が、長男忠刻の室千姫のために西の丸を整備して、1618年、現在の姫路城の全容が整った。その後、城主は松平氏、榊原氏、酒井氏と譜代がつとめ、明治維新を迎えた。

  

  11時ごろ、姫路城大手門前で下車。巨大な天守閣だ。内濠を越える橋は、ごく最近できたようで新しい。

  入場口までもかなりあって、10分ほどグラウンドのようなところを歩く。好古園にも行くので共通券720円を購入。(別々だと城600円、好古園300円) 

  

 

  左  菱の門  ここから城内に入る

 

   右   西の丸への通路(このすぐ左側が菱の門)。西の丸では、渡櫓に入場。渡櫓は、壁のように連続した櫓である。防備の弱い部分を守るために作られたものだ。

  

  左  渡櫓の中の長い廊下 

 

 

 

 

  廊下の内側には女中部屋が並ぶ。

  右  女中部屋の内部

 

 

 

 

 

 

 

  上  石や熱湯を投下するための設備

  右  窓枠につけられている排水設備

  西の丸の化粧櫓は、千姫のために作られた。

  千姫は、2代将軍徳川秀忠の長女。政略結婚で、豊臣秀頼に嫁いだが、大坂城落城のさい、助け出された。その後、本多忠刻に再嫁して、姫路城西の丸ですごした。

  左  化粧櫓の内部

 

  右  西の丸から二の丸に向かう通路 

 

 

 

 

 左  転用石  灯籠の台石を使用

   左  十字の紋章の入った瓦

十字の紋章は日本ではとても珍しい。どういう目的で使われたのだろうか。

 

 右  大天守を望む

  右  小天守のすぐ下で梅が咲いていた。

  下左  油壁   城内のほとんどの壁は、白漆喰が塗ってあるが、この油壁は、粘土に豆砂利を混ぜ、米のとぎ汁で固めたものといわれている。秀吉築城の名残の壁。

  下右  腰曲輪  裏側の石垣に沿って、弧を描いた建物。塩や米を蓄えて、籠城に備えていた。 

  左  本丸から見る大天守と小天守

  下左  城内にある流し  板をとると水が流れる設備があり、籠城に備えている。

  下中  西大柱

  下右  東大柱

  大柱は、大天守の下から上までを貫く中心になる柱。

  

  上左  大天守の2階

  上右  窓が高い位置にある場合は、窓の横に台がとりつけられている。高い位置から戦えるようにするため。

  左  大天守の6階からの眺め。大通りの突き当りが姫路駅。かつての外濠は、駅付近を通っていた。

  上左  長壁神社  もとは天守の丘にあったが、築城のさい、城外に移された。しかし、たたりがあるとして、天守6階に移された。

  上右  大天守の骨組みの模型  昭和の大改修のときにまず作られた。

  右   腹切丸  構造が、切腹の場、検視役の席、首洗いの井戸に見えるところから、切腹丸と呼ばれる。ここで、切腹が行われたという記録は残されていない。

 

  右   お菊井戸   お家のっとりの企てを女中お菊が知り、城主の難を救ったが、家老はそれをうらみ、家宝の皿を隠してお菊を責め、井戸に投げ込んだ。

  一通り見て回るのに、ちょうど2時間かかった。

 

4   あ な ご 飯

 

  次に、好古園では、昼食のため、レストラン活水軒に入った。庭を見て、食事ができる。

  注文は、はりまセットで、あなご飯ににゅうめんがつく。

  あなご飯は、広島が有名だが、瀬戸内の各地の特産だ。姫路もそうで、名物のひとつといえる。これまた、名産品である揖保そうめんを使ったにゅうめんとのセットを選ぶ。

  あなご飯、美味しかった。

  左  活水軒  順路でこの中を通る    右  窓際に座れば食事しながら庭が見える

 

5   好 古 園

 

  好古園は、姫路城西側に、平成4年に開園した新しい庭園である。歴史的なものではないが、紅葉が見事だということを聞いていたので、訪問した。

 
 

6  神戸市立博物館

 

  好古園から駅へは徒歩。三宮に向かい、インカ・マヤ・アステカ展を見ることにしていた。山陽百貨店で、姫路名物「玉椿」を土産に購入。

  三宮まで新快速で30分ほど。下車後、阪神電車乗場横のプレイガイドで前売入場券を購入(1100円)。

 

 

 

 

  東遊園地(右画像)を通って神戸市立博物館に向かった。

  10分ほどで、博物館着。 

  この日は休日で、中は大混雑だった。

  自分は、インカ・マヤ・アステカの3つの文明は、現地で遺跡や博物館を見学済だ。だが、謎の解き明かされたいない部分の多い文明だけに興味がつきない。

  今回の展示の中では、インカのミイラ、アステカのキープ、ワシの戦士、ヒスイの仮面などに再び出会えて、感動ものだった。
 

  今回、新たに知ったこととして、アンデスでは、今もミイラ信仰が盛んで、民家の軒先にミラを保管してある祠があって、住民が祈願をしているということ。

  ミイラが、めったに見られないものではなく、日常生活の中に溶け込んでいるような村もあることに驚いた。ペルーを訪問したときには、そのようなことはわからなかった。

  また、アステカで捕虜を生贄にする話は知っていたが、一度に何千人もの捕虜が生贄になるとは、、驚きの域を超えた話だ。

  神官が心臓をえぐりだして、血がほとばしっている姿をリアルに描いた絵もあった。

  さて、土産に買ったのは、インカコーラと紫トウモロコシジュース。ペルー製かと期待したが、米国製で残念。でも、せっかくだから、雰囲気だけでも味わおうと、買って帰った。

  さて、姫路駅で行動開始が8時。三宮駅から帰りの電車に乗ったのが17時。9時間で、いろいろ回れたものだ。日帰り旅行、また行ってみようとおもった次第だ。

 

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