前半1、2日目



ソウル近郊ぶらり旅(1)

【3年ぶりの金浦空港】

 韓国は3年ぶりだ。前回は天安の独立紀念館へは行ったが、それ
以外は、ソウル市内を中心に見てまわった。今回は、3年前にソウ
ル市内のみどころのほとんどは見てしまったので、ソウル近郊を見
て歩くことを中心とする予定だ。

 一番行って見たいのは、板門店。ここは、ソウルの大韓旅行社に
電話をかけてツアーの予約をいれてある。実は、3年前にも、予約
を入れていたのだが、その年は大水害があって、その影響でツアー
が中止になってしまったのだ。ほかには、江華島、水原、仁川とい
ったところを見てまわるつもりだ。

 さて、この旅行、決まったのは旅行のわずか1ケ月前。この夏は
ウズベキスタン旅行をおこなうつもりで、3ケ月前から着々を準備
をしていた。当初は韓国のことまで頭がまわらなかった。ウズベキ
スタンは、旧ソ連の国ではあるが、現在のところ、アシアナ航空で
行くのが、週1往復という点をのぞけば最も便利である。したがっ
て、ソウル経由というのはずっと前から決まっていたのだったが、
ソウルは単に乗り換えをする予定にすぎなかった。

 でも1ケ月前になってウズベキスタンのビザがとれ、準備が一段
落すると、欲がでてきた。ついでに、韓国旅行もできないものだろ
うか。さっそく、旅行社に出発を早め、帰国を遅らせることはでき
ないか尋ねてみた。ちょっと遅すぎた。韓国便は便数が多いとはい
え、最も客の多い時期である。旅行社の返事は「キャンセル待ちを
入れてありますが、とれるかどうかわかりません」というもの。

 一週間ほどして、何とか、出発時は、本来の出発日の前日の夜便、
帰国時は、本来の帰国日の3日後の便がゲットできた。これで手を
うつことにし、前日は韓国式の旅館、帰国時は安いホテルに予約を
いれた。

 さて、出発当日、ソウルまでは関空発19時のアシアナ航空119便
で向かう。自宅を14時すぎに出発したのであるが、それまでの時間
が無駄な感じであった。早い便が取れなかったのだから仕方ない。
わずか1時間50分であるが、飲物、機内食、免税品販売、入国カー
ドや税関申告書の配布とスチュワーデスは大忙し。

 定刻20時50分に金浦空港到着。短距離国際線の場合、窓側のシー
トをリクエストする自分であるが、本日は通路側である。それに、
機内持ちこみ荷物しかもっていない。速攻で、入国審査、税関を突
破して、早く予約している旅館に着きたい。

 思惑どおり、入国審査、税関を早々と突破して、両替もすませ、
到着ロビーに出る。まずは、日本に電話をするためにテレフォンカ
ードがほしい。どこに売店があるんだろうか。

 アシアナ航空は6月15日から、金浦空港の第1ターミナルを使用
している。機内では、スクリーンに、さかんに6月15日から第1タ
ーミナルであることを頻繁にうつしだしていた。以前、大韓航空で
訪韓したさいは第2ターミナルだったので、どこに売店があるかは
わかっている。しかし、第1ターミナルははじめて。売店がみつか
らない。

 それで、2階の出国ロビーに向かう、すでに出国便がなくなった
のか、エスカレーターがとまっている。エスカレーターを歩いて2
階に上ると、突然、迷彩服の男が立ちはだかる。テレフォンカード
を買うためにあがってきたと告げると、下で売っているとのこと。
男の脇をすりぬけ、これまた止まっているエスカレーターを歩いて
降りようとすると、パスポートを見せろという。やはり不審者と見
られたのか。

下へ降りて、ロビーの端の目立たないところに売店があってテレ
フォンカードを求める。さて電話をするのだがなかなかできない。
ようやく、カード式の電話であっても、国際電話のできるタイプと
できないタイプがあることに気づく。電話を終え、空港ロビーを出
たのは21時30分ごろ。



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ソウル近郊ぶらり旅(2)


【思いがけなかった代替バス】

 空港から市内へは地下鉄があって便利だ。第1ターミナルから地
下鉄駅まではかなり距離があって、動く歩道で結ばれている。

 地下鉄はもともと安い(市内中心部だけならW500=約50円、空港・
市内中心部間でもW600=約60円)のだが、乗車の度に切符を買うの
が面倒なこともあり、プリペイド式の切符を購入。これは、テレフ
ォンカードのように大きくはなく、普通の切符と大きさだ。購入し
たW10000のものは、W11000を乗車できる。

 金浦空港を通っている地下鉄は5号線。3年前の訪韓時は、5号
線が一部しかできていなくて、市内へ行くにはカチ山、新道林でと
2回乗りかえることが必要だった。現在は、5号線全通のおかげで、
場所によっては、乗り換えなしに市内中心部に行ける。

 ただし、予約してある旅館は、2号線の乙支路3街にあるので、
新道林か忠正路で2号線に乗り換えねばならない。そこで、何のた
めらいもなく新道林で乗り換えた。この駅では、3年前にも乗りか
えているからだ。

 新道林から、堂山方面というのを確認して乗車。異変に気づいた
のは、堂山到着時だ。何と全員が下車、しかも電車は止まったまま。
車内の路線図を見て、シマッター、もっと早く気づくべきだったと
後悔。忠正路で乗り換えるべきだった。堂山とつぎの駅、合井の間
が路線図で、なんと、路線が消されているのだ。

 2号線は、本来は、山手線のように環状運転をしているのだが、
堂山・合井の1駅間が路線図ではつながってないのだ。この区間で、
2号線は漢江を渡る。そういえば、3年前も、この鉄橋では徐行運
転をしていて、その以前にあった聖水大橋の落下事故の影響で橋を
調べているのかなとか思ったことがあった。調査の結果、大規模な
補修が必要となったのだろうか。

 さて、これからどうするか。まず考えたのは新道林に戻ることだ
が、ひょっとして代替バスがあるかも、と思いホームに下りると、
やはりあった。英語でシャトルバスと書いてあったので、矢印にそ
って歩き、代替バスに難なく乗車。でも、英語の表示がなかったら、
新道林に戻る以外なかったところだ。

 自分は地下鉄の運休には縁が深い。こんなのはこれで4回目だ。
1回目は、パリ。アウステルリッツからRERでヴェルサイユへ行
こうとしたら、市内中心部の区間が運休で、別路線に乗車して遠回
りした。このときは、アウステルリッツのホームに止まっている電
車に乗って、反対方向、しかも小駅通過の列車だったのでかなりパ
リ南部の郊外の駅まで連れていかれたというおまけつきだ。

 2回目は、ベルリン。帰国便に乗るためシェーネフェルト空港へ
向かうときのこと、いくら待っても、シェーネフェルト方面の電車
がこず、別系統のばかりやってくる。しばらくして異変に気づき、
駅員に聞いて、運休のことを知る。このときは、代替バスで空港に
たどり着いた。このときは、空港へ余裕をもって向かっていたので
助かったが、時間がない場合ならあせってしまうところだ。

 3回目は、ローマ。ティブルティーナ発の列車に乗るため、テル
ミニからレビッピア方面へ行こうとしたら、くる電車、くる電車み
な、テルミニの次の駅であるカストロプレトーリオ行きである。数
本見送ってから、カストロプレトーリオへ向かい、客の流れにそっ
て歩いていったら、代替バスの乗り場であった。

 これらの場合に共通するのは、案内の放送は確かにやっていたと
いうこと。しかし、その言葉がわからない悲しさ。馬の耳に念仏で、
気がつくまでに時間がかかってしまう。

 さて、今回の代替バスは、地下鉄鉄橋に沿った道路橋を渡るが、
暗くてよく見えない。明るかったら3年前に行った、切頭山天主教
聖地が見えるはずなのだが。それに夜にしては、かなり車が多いこ
とも意外だ。

 やがて、合井につくが降りる人が少ない。どこまで行くのだろう
と思っていたら、次の弘大入口で全員が降り、地下鉄に向かうので
それに従う。ちょっと時間は余計にかかるが、滅多にのれない代替
バスに乗れるのはラッキーだ。

 このあとは、順調に、旅館近くの乙支路3街に到着。すでに、22
時30分をまわっている。



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ソウル近郊ぶらり旅(3)

【韓国式旅館と深夜の明洞】

 旅館は東方旅館、ガイドブックの地図にも位置が示されている。
それで、すぐに到着できると踏んだのだが、そう簡単じゃない。複
雑に折れ曲がった裏通りに面し、近くまで行ってはいるのだが、よ
くわからない。おまけに、ほかにも旅館があちこちにあるのだが、
どこも漢字で旅館名を表示していない。ハングルでしか看板もネオ
ンもあがっていないのだ。予約確認書は日本語で書いてあり、韓国
語の旅館名は不明。「東」のハングル表示を覚え、それだけを頼り
に歩く。

 薄くらい路地に入り込む。不安にかられて足早に歩くが、めざす
旅館は見当たらない。そのうちに大通りに出てしまって、また別の
路地に入る。旅館はたくさんあるのだが、「東」のハングル表示で
始まっているところはない。ひょっとして、自分の思っているハン
グルが間違っているのではないかとも思ってしまう。

 ようやく、覚えていたハングルで始まる旅館を発見。いままで歩
いていて見た旅館よりは大きいし、小さいながらもホテルのような
外観である。日本のガイドブックで紹介されているわけだから、こ
こに違いないとなかにはいる。

 アンニョンハセヨ、とんび イムニダ、といいながら、予約確認
書を見せる。やはり、ここでよかったようだ。玄関にいたおばさん
のいうことは何もわからないが、お金を払えとでもいっていると勝
手に判断し、W25000(約2500円)払う。鍵をくれたので、まず、荷
物を置くために部屋に急ぐ。

 部屋はわかったが、鍵が開かない。一体、どうするんだろうか。
鍵を開けるのいコツがいることはときどきあるのだが、ここもその
例にもれなかった。悪戦苦闘していると、通りがかった男が助けて
くれて、難なく開いた。ところが、男は再び閉めてしまった。自分
で開けてみろ、といっているようだ。再挑戦して、なんとか自分で
開けることができた。

 その男はしかし、オンナ、オンナというではないか。ほかは韓国
語だが、言っていることはわかる。思わず、プーヤオ、プーヤオと
返す。これは、中国語だが、韓国語がわからなかったからか自然と
出てきたのだ。男は、しつこくはなく、すぐに去ってくれたのでや
れやれだ。

 部屋に入ると、オンドル部屋で、床に布団が引いてある。床がタ
タミだったら、日本の旅館と同じようなものだ。もう23時だ。荷物
の整理などはあとまわしで、まずは腹こしらえに外出。機内食だけ
ではとても腹がもたない。帰り道がわからなくなっては、困るので、
注意して大通りに出る。

 旅館からは、明洞は近い。歩いて15分くらいのところだ。ところ
が、明洞についてみて驚いた。明洞はソウル一の繁華街のはずだ。
ところが、飲食店の大半はすでに閉まっているのだ。まだ、23時20
分くらいなのに。開いているところもあるが、客はおらず、従業員
が跡片付けをしていたり、従業員だけが手持ちぶさたにしていたり
して、店にはいっていける雰囲気ではない。

 道を歩く人の数もそう多くなく、ここがソウル一の繁華街とは思
えないくらいだ。カラオケやカフェなどの一部をのぞき、閉店時間
は22時か23時ころというのが、一般的なのかな。屋台もみあたらな
い。3年前には、屋台がたくさんでていて、フランクフルトとか天
ぷらを食べた覚えがあるのだが、それは昼間だったのかな、どうも
記憶が曖昧になってしまっている。

 それで、コンビニを探す。これがなかなか見つからないのだ。香
港やバンコクでは数多いコンビニが、ソウルではうんと少ない。明
洞のはずれに、ようやく一軒をみつけて、すぐに食べる海苔巻とサ
ンドイッチ、朝食用の菓子パン、飲み物として、ビール、コーラ、
コーヒー、水を購入。コンビニでビールを扱っているのは、香港や
バンコクと共通で、なかなか便利である。しかし、店舗数が少ない
から、いったん行った店はその位置を覚えておいたほうがいい。

 旅館に戻れば、もう0時前である。鍵はやはり開けにくい。よう
やく開いたかと思えば、ガチャガチャいう音で自分の帰りを知った
のか、先ほどのあの男がまたやってきて、オンナ、オンナとささや
いて、うすら笑いをしている。また、プーヤオといって、さっと部
屋に入り、鍵を閉めて、きっちり閉まっているか、何度も確認する。
それにしても、あの男、いったい何物なのだろうか。泊まり客だが、
客引きもしているあの男。

 シャワーを浴び、荷物の整理をしてから、ビールで海苔巻とサン
ドイッチを食べながら、明日の予定を検討する。すべて終わったら
1時を回っていた。その間、あの男がノックするのではないかとか
思っていたのだが、それは杞憂にすぎなかった。

 床に敷かれた布団で寝るというのはなかなか心地よいものだ。海
外旅行に出て、床に敷かれた布団で寝るのは初めてだ。オンドル部
屋ということで、冬は暖かいのであるが、夏は床の冷たさが伝わっ
てきて、それも気持ちがよい。ほどなく、寝入ってしまったのであ
る。



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ソウル近郊ぶらり旅(4)

【ソウル駅と小銭必須のコインロッカー】

 オンドル部屋でぐっすり眠れたので、半日ではあるが精力的にソ
ウル市内を回れそうだ。昨夜買った菓子パンで朝食をすませ、地下
鉄駅へ。まずは、ソウル駅へ行き、コインロッカーに荷物を預ける
ことにする。チェックアウト後の荷物は、泊まったホテルで預かっ
てもらって、観光などが終わってから引き取りにくる作戦をよくと
るのだが、今日はやめ。泊まった旅館では言葉が通じそうになかっ
たのと、旅館の位置が再度もどってきて荷物を引き取るのには不便
そうだったからだ。

 さて、ソウル駅へ行くと、やはりたくさんのコインロッカーが並
んでいる。料金はW900(約90円)である。これで、日本では300〜
400円くらいの料金で利用できるロッカー程度の大きさのものが使
えるのだ。だが、手持ちのウォンの小銭が少ない。両替機も置いて
いない。両替のさいに小銭も交ぜておいてもらっておくほうが良か
ったと反省。

 やむなく、まだのどもかわいておらず、それほど飲みたくはない
ジュースをそばの自販機で購入する。ジュースはW500で、お釣りが
W500硬貨が一枚。これで、小銭でW900できた。ジュースを飲んでか
ら、コインロッカーの一つを選び、荷物を入れ、扉を閉じ、コイン
の投入口にまず、W100硬貨を4枚入れ、次にさきほどのジュースの
お釣りであるW500を入れる。が、入らない。ちょっとおかしいいぞ。
なぜ、入らないんだっ。

 よく見ると、コイン投入口はW100しか入らない大きさで、W500硬
貨は使えないのだ。仕方ないので、投入したW100硬貨を戻そうとす
るが、払い戻しのボタンがないではないか。手元にW100硬貨は1枚
しかないので、なんとか、W100硬貨でW400つくらなくてはならない。
再度、自販機で、今度はW600のジュースを購入し、お釣りとして
W400をゲット。ジュースは、あとで飲むことにする。この硬貨で、
なんとかコインロッカーに荷物を保管でき、手元が楽になる。コイ
ンロッカーひとつ使うだけでヤレヤレという気分だ。

 次に、ソウル駅の構内を見て回る。3年前、この駅から天安まで、
ムグンファ号(セマウル号が最速の列車で、その次のランクの列車)
に乗るために来ているので、初めてではないが、せっかくソウル駅
まできているので、駅を見学する。見学するといっても、韓国の場
合は、改札口があるので、ホームの中には入れない。コンコースを
見て歩くだけだ。

 切符売場は、方面別に別れていて、たくさんの窓口が並んでいる。
ほんのわずかだが、線名や地名の一部に漢字や英字が使われていて、
どの窓口で買うかはわかりやすい。出発の近い列車の案内と思われ
る電光掲示板はあるのだが、こちらはすべてハングルなので、よく
わからない。

 それにしても、人出が多い。全部の人が列車に乗るのではないだ
ろうが、かなりの混雑だ。韓国では、高速バスが発達していて、早
くて安く、たいていの場合は、高速バスのほうが列車よりも便利と
ガイドブックには書いてあるが、列車を利用する客も多い。ソウル・
釜山間のような距離になってくると、車内で自由に動くことができ
る列車も人気があるのだろう。3年前にムグンファ号にのったとき
は、予約をしていなかったため、乗る直前に切符を求めたのだが、
立席券になってしまった経験がある。

 コンコースの上へあがるエスカレーターがあるので上ってみる。
駅ビルの上のほうが、デパートになっているのだった。デパートと
いっても、かなり庶民的な感じである。フロアを一周してみたので
あるが、とくに珍しいものなどはなかった。

 今度は、駅の外に出てみる。なにやら、緊張した雰囲気である。
ジュラルミンの盾をもった警官隊が隙間なく立ち並び、そのなかで
何やら集会をやっている。演説をしている人の周りには、多くの人
がハチマキを巻いて座り込んでいる。警官隊の外側を人々は、何事
もないかのように歩いている。関心を持っているのは、写真を写し
ている何人かのマスコミ関係者らしき人くらいだ。

 駅の見学のあとは、中央博物館へ行くために、再度、地下鉄に乗
車する。地下鉄ホームでさきほどの、小銭を得るために買ったジュ
ースを飲んだが、もう冷たくなくなっなってしまっていた。



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ソウル近郊ぶらり旅(5)

【国立中央博物館】

 今日は、17時30分発の便でタシケントに向かう。したがって15時
30分には空港に着いておかねばならない。とすると、ソウル駅を14
時30分にでたい。こうした条件があって、今日は、中央博物館、西
大門刑務所を見てから明洞で昼食、そのあと空港へというスケジュ
ールにした。

 3年前の訪韓時、中央博物館は、以前使っていた旧総督府の建物
を解体する工事が始まった直後であったため、休館中であった。旧
総督府の建物は、ドームが撤去されていただけで、建物本体はまだ
大部分が存在していたようだった。

 そのため、光化門の南側からは、旧総督府の建物が光化門の背後
にでんと居座っていたのだ。もっとも、解体工事のために、建物の
周囲は白布で囲われていたのだが。解体工事が終われば、このよう
になりなりますよ、という絵が描かれた看板もたっていたのを覚え
ている。

 旧総督府は、日本が統治した時代(韓国では、これを日帝時代と
いうようだ)に、日本の権威を強く印象づけるために、わざわざ景
福宮の敷地内に、たくさんの建造物を撤去して建設されたといわれ
ている。

 日本が統治した時代に総督府として使われたのは、20年間であっ
たが、日本の統治が終わったあとも、50年間残されて、最後は国立
中央博物館として使われてきた。しかし、1995年の光復節(8月15
日のいわば独立記念日)に当時の金泳三大統領が、日本の植民地支
配を象徴しているものとして撤去を決定したとのことである。

 さて、地下鉄を景福宮で降りて、案内板に沿って歩いていくと光
化門の内側にそのまま出ることができた。景福宮の駅構内や通路に
は異様に警官が多い。3年前のときも、景福宮の周辺には警官が10
mおきくらいに立っていて、景福宮にはいるのに大変、緊張したの
だった。やはり、景福宮のすぐ北側には、大統領の公邸である青瓦
台があるからだろう。

 かつて、旧総督府の建物があったところは、広場になっていて過
去のことを知らなければ、そんな建物があったとはわからない。さ
らに、旧総督府を建てるために撤去した建物の一部を再建する工事
もおこなわれていた。

 中央博物館は景福宮の敷地の南西の隅にあって、さすがに新しい
建物だ。中央博物館の入場料はW700(約70円)と格安である。常設
展示は、先史時代、三韓(弁韓・辰韓・馬韓)、高句麗、百済、新
羅と時代順に展示がなされているほか、陶磁器を集めた部屋、工芸
品の部屋、書の部屋とかもあった。順路にしたがって歩くと、結構
時間がかかる。

 この博物館のみものは、景福宮周辺の町並みの模型である。10m
×3mくらいの大きさの模型が二つ並べられていて、一方は1888年、
もう一方は1945年の、それぞれ当時の町並みを復元したものだ。す
なわち、旧総督府ができる前と後とでどういう変化があったのかが
よくわかる仕組みになっているのだ。

 この模型によって、旧総督府が景福宮の敷地内に場違いのように
建っていたこと、旧総督府を建てるために数多くの建物が撤去され
たことがよくわかる。また、市街地の様子を見ても、一方は昔なが
らの建物ばかりであるのに対して、もう一方は、数階建ての近代的
建築も多くなっていることや、市街電車が走っていることなどの違
いがよくわかる。

 特別展示室では、金剛山についての特別展をやっていた。金剛山
は南北分断後、北朝鮮に属しているのだが、韓国の人も特別な思い
を持っている山であるようだ。金剛山についての、旅行案内、地図、
模型、パンフレット、絵画、写真(戦前に写されたもの)、金剛山
の寺にあったという仏像などがたくさん展示されている。戦前の日
本語で書かれた旅行案内には、とくに関心を持ったのでじっくりと
見てまわった。

 金剛山とは関係無いことだが、この展示で並んでいた旅行案内の
広告欄に面白いものがあった。満州へは経由経由で、というキャッ
チフレーズで列車が宣伝されている。釜山・新京(現在の長春)間
に特急ひかり、釜山・奉天(現在の瀋陽)間に特急のぞみというの
があったということを知った。ひかりものぞみも、戦前、朝鮮と満
州を結んでいた列車の名前だったのだ。

 模型と特別展で時間をとってしまった。博物館は、たいしたこと
がなければ、駆け足で通過することもしばしばあるのだが、今日は
1時間以上かけてじっくりと見学し、満足いくものであった。この
博物館は、仮のものであって、数年後には、再び、龍山地区に移転
して、新しい建物で展示を行うとのことである。そのときにはまた
訪問したい。



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ソウル近郊ぶらり旅(6)

【西大門刑務所】

 中央博物館をあとにして、地下鉄で一駅だけ移動し、西大門刑務
所に向かう。地下鉄3号線の独立門駅のすぐ上が刑務所だ。

 ここは、3年前の訪韓時にも訪問している。今回、ここを再度、
訪れたのは、この3年間のあいだに整備がすすみ、かなり様子が変
わっているからだ。

 3年前は、西大門独立公園と呼ばれていて、日本統治期にも使わ
れた刑務所を見ることのできる公園であった。それが、この3年の
間に整備が進み、博物館的な施設に生まれ変わり、西大門刑務所歴
史館という名づけられていた。また、以前は入場無料であったが、
今は入場料W1000(約100円)が必要となっている。

 西大門という名がついているのは、現存している南大門、東大門
と並んで、ソウルの西の門があったからだ。しかし、日本統治期に
門は撤去されて、現在は地名などとしてのみ名をとどめている。な
お、駅名になっている独立門は、パリの凱旋門をまねてつくられた
ものだ。その時期は、太平洋戦争後と思っていたが、そうではなく、
日清戦争のあと、清からの独立を宣言してつくられたものだ。

 いろいろな刑務所の施設を見ることができるが、印象深いのは、
死刑場である。死刑囚が座らされた椅子や縄などを見ることができ
るが、写真に撮る気にはなれなかった。座らされて縄をまかれたあ
と、床が落ちる仕組みになっている。また、死刑を確認する人の席
が、死刑囚に対面する形で設置されている。前回、来た際には、死
刑場の建物は見学できたが、内部を見ることはできなかった。死刑
の施設を見たのは初めてで、かなりショックであった。祖国の独立
を願いながら命を落とした烈士たちの恨みの残る所、というような
説明があり、史跡にも指定されている。

 拷問室では、人形によって、さまざまな拷問の様子が再現されて
いる。天安の独立紀念館にあるものと同様のものだ。

 地下独房は、女性だけを投獄し、尋問、拷問する場所だったとい
う。柳寛順が拷問をうけ死亡したのはこの独房だという。ずっと埋
められていたようだが、近年、発掘がおこなわれたのだ。安重根と
ともに、烈士の代表格である柳寛順に思いをはせるための施設であ
るともいえる。(柳寛順は日本では余り知られていないが、安重根
とともに切手に描かれている。)ここは、発掘地ということからか、
ガラス越しに見学するのだが、かなり小さな独房で座っているのが
やっとという感じである。また、ここには、柳寛順がいかに活躍し
たのかということがよくわかる漫画のパネルが置いてあるのだが、
日本人は極悪人の顔で描かれている。

 獄舎も以前は中には入れなかったが、今は中にも入れる。独房や
作業場を見ることができる。これは日本の網走刑務所に似ている。
獄舎も史跡に指定されている。

 博物館では、刑務所の歴史、日本統治時代の抵抗の歴史などが展
示されている。また、壁棺(立牢)、独房がおかれて入場者が中に
入る体験ができるようになっている。この博物館は、以前に比べて
格段に資料が豊富になっていた。

 さて、博物館を見学して大変、気が重くなってしまった。どこの
博物館へいっても、子どもたちが説明文を写している姿をよく見か
けたが、ここも例外ではなく、夏休みの宿題なのだろうか、熱心に
写している。しかし、その内容のほとんどは、日本がいかにひどい
ことをやってきたか、烈士と呼ばれる人たちがいかにたたかったか
というものがほとんどである。おまけに、壁棺や独房に子どもたち
が入ってはしゃいでいる。

 こうした子どもたちが、日本に対してどんな気持ちを持つかを考
えると悲観的になってしまう。一方、日本では、韓国にこのような
施設があることすらほとんど知られていない。大変、気が重くなり、
早く立ち去りたくなった。

 日本語のパンフレットがもらえるのだが、その最初にはここを紹
介して次のように述べられている。「わが国の独立のために、日帝
の侵略に立ち向かって戦ったあげく、亡くなられた愛国烈士を偲び、
烈士の自主独立の精神を振り返る、生きた歴史教育の場。」

 まさに教育施設として位置づけられているのであるが、どのよう
な目的をもっているのかというと、過去のことを忘れさせないよう
にすることにあるようだ。天安の独立紀念館と同様の目的を持って
いて、ミニ独立紀念館といってもよい施設だ。日韓の首脳会談では、
韓国側は過去のことにはこだわらないという姿勢をみせたが、国内
向けの姿勢は以前とあまり変わっていないようである。



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ソウル近郊ぶらり旅(7)

【明洞そして空港へ】

 昼食のために明洞へ向かう。すでに13時だ。明洞の大通り、裏通
りをうろうろしたいところだが、そんな余裕はない。めざすは、全
州中央会館。ガイドブックで盛んに紹介されている店で、観光客向
けであるが、3年前に来たときに、ここのピピンパップが、ほかの
店のとは比較できないくらいおいしかったので、今日は、ここへ直
行することにする。

 この店は大通りからちょっと奥まったところにあって、慣れない
人にとっては入りづらい。そのためか、大通りには、店の名前を書
いた紙を首にぶらさげたおじさんが立っている。

 店内はかきいれどきのようで、席がほとんどふさがっていたが、
丁度立った客がいたのでなんとか座れた。ピピンパップを注文する
つもりであったが、横の客は、ピピンパップのほか、パジョン(お
好み焼き)を3人で1つ頼んで食べているようだ。で、自分もパジ
ョンをまず注文。足らなければ追加注文することにする。

 例によって、まず、キムチが3皿やってくる。3年前、はじめて
ソウルに来て、食堂にはいっら、注文していないのにキムチが何皿
もでてきてびっくりしたことがあるが、今回はもう驚かない。パジ
ョンが出来あがるまで、キムチをつまみに、ビールを飲む。

 店内を見ると日本人がかなり多い。半分近くは日本人ではないだ
ろうか。横の客も、ムック形式のガイドブックを見て、この店をチ
ェックしてやってきたようだ。

 パジョンが出来あがって、こりゃ1人で食べるものじゃないと実
感。日本のお好み焼きで2枚分くらいの大きさだ。で、追加注文は
ビールだけ。具はイカとネギが主体のようで、独特のタレをつけて
食べるのであるが、あっさり味である。辛いキムチと交互に食べれ
ば、丁度いい具合である。ただ、全部食べると、最後の方ではあき
てきてしまった。

 パジョンは、大きいだけあって、W13000(約1300円)で、ピピン
パップのW7500(約750円)よりはかなり高い。また、観光客向けと
あたってか、どのメニューもほかの店よりはかなり高い感じだ。ピ
ピンパップは、W5000くらいといったところか。帰国時に再度、ソ
ウルに寄ったさい、この店、ほかの店でのピピンパップの味比べを
したが、やはりこの店のがダントツにうまい。

 焼きあがるのに時間がかかり、食べるのにも時間がかかったので、
すでに14時。荷物を取りにソウル駅のコインロッカーへ。すぐに、
地下鉄で金浦空港へ。何とか、予定通りの時間である。

 空港駅で、またまた動く歩道に乗って、第1ターミナルのアシア
ナ航空のカウンターへ。結局、かなり早くチェックインできたよう
で、通路側の席をゲット。

 このあと、到着ロビーからバス乗り場へ行って、江華島行きのバ
ス乗り場を探したが、よくわからない。再度、ソウルに戻ってきた
ときに、江華島へ行く予定であるが、金浦空港から直接、江華島へ
行けば時間のロスが少ないので、この方法がいいかなと思ったのだ。
しかし、バス乗り場はよくわからない。荷物も結構重いので、荷物
を持ってうろうろするのも大変。で、この行き方はあきらめること
にする。

 で、出国審査、税関をすませてから、ゆっくりとすることにする。
金浦空港の場合は、空港利用料がW9000(約900円)。ウォンがまだ
残っている。今回の旅では再度ソウルに戻ってくるので、全部を使
ってしまう必要はないが、旅行先で使えもしない別の国のお金を持
ち歩くのは面倒なので、できればほとんど使い果たしたい。それで、
昨日、余りが出ないように両替したつもりだが、多少は残ってしま
った。当分の間、使わないので紙幣はカバンにしまっておく。でも、
小銭はじゃまになりそうなので、飲物を買ったりして全部使ってし
まう。

 出発待合室に行ってみると、すでに自分と同じ便に乗る日本人も
いる。この日の便で、日本からやってきて、トランジットしている
のである。中央アジアのガイドブックを見たり、向こうの国の話を
している人もいて、いよいよこれから中央アジアへ向かうのだなと
いう気分になる。もっとも、日本人の数は、そう多くはなく、もっ
と乗る日本人が多いと思っていた自分としては意外な感じもした。

 

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