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2 田 辺 |
| 朝食後、田辺へ |
朝食会場は3階のレストラン。8時前に行ってみた。下左 地元産のおかずもいくつか。これは、なめこのおひたし。 下右 かますの干物。熱した石で温めていたが、温かいほどじゃなかった。 |
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上 選んだ品。左 オムレツ。注文用紙に調理方法、具の種類をチェックし、卵コーナーに持っていくと、出来上がればテーブルに運ばれる仕組みだった。 |
フルーツ。 |
ロボットが動いていた。卵料理を運ぶのかと思ったが、そうじゃなかった。従業員がテーブルを片づけて、食器置場へ運び、ある程度たまると、ロボットに乗せ、ロボットが洗い場まで運んでいるようだ。 |
この日は、田辺市都心部を街歩きする予定。9時すぎに出発、玄関をタンク車が通り過ぎていった。「藤乃湯」とある。 ネット検索すると、自社で沸いた温泉水を配達する事業をしているようだ。毎日、温泉水が配達され、湯量が限られているので、循環濾過式の風呂になっているのだろう。 |
この日は、白良浜ではなく、さらに7、8分歩いて、「白浜バスセンター」バス停から乗車。田辺へ行くには、田辺行きの普通のバス以外に、熊野本宮経由新宮行きの快速バスが2便ある。1便目は少し早すぎ、2便目に乗車する。9時41分発。白良浜には停まらないのだ。 このバス停だが、昔はバスセンターがあったのだが、今は駐車場になっている。 はるか3、40年前だが、ここにバスターミナルがあり、利用したことがある。それがいつしか、待合室だけがあるバス停になっていた。さらに、少し前だが、待合室も廃止され、単なるバス停になってしまった。でも、今なお「バスセンター」を名乗っている。 |
9時41分発、新宮行き快速・熊野古道号。明光バスの普通のバスは、ICカードが使える。ところが、ICカードをタッチするのはどこか迷っていたら、整理券をとってくださいとドライバーに言われた。このバスはICカード不可だったのだ。 ところが、乗車中に掲示を見ていたら、クレカのタッチ決済ができるとのこと。でも、時すでに遅し。なお、明光バスは普通のバスではクレカタッチ決済はできないので、ややこしい。 |
観光バスタイプで快適だった。 |
10時11分、田辺駅前着。普通のバスより10分ほど早い。行先表示。新宮行きといっても、白浜や田辺から新宮へはJRで行くのが早いし、このバスは白浜、田辺と熊野本宮、熊野本宮から新宮の2つの区間を合わせたものだ。 |
駅待合室で見た、田辺の偉人パネル。南方熊楠は、知っていたし、記念館に行く予定。武蔵坊弁慶と片山哲が田辺出身とは知らなかった。鳥山啓は人物そのものを知らなかったが、この日の散策で碑をみつけて知った。そして、業績は知っていたことが判明。 下 紀伊田辺駅舎。 |
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| 田 辺 |
10分ほど歩き、闘鶏神社へ。熊野別当湛増が社前で紅白の鶏を闘わせ、白鶏が勝ち、源氏につくことを決め、屋島、壇ノ浦の戦で源氏について参戦したことから、この名がついたらしい。僧であり、水軍を率いたのか。 |
拝殿で参拝。闘鶏神社は、世界遺産熊野古道に含まれ、世界遺産になっているんだと、旅の計画中に知った。7月24、25日が例大祭で、田辺の市街地を、傘鉾8基が巡行するという。 |
七五三の看板。弁慶像の由来書で、弁慶は湛増の子であることがわかり、この絵の人物も弁慶なんだなってわかった。 |
弁慶、湛増、鶏の像。 |
1本だけだが、きれいな紅葉があった。 |
1階が田辺市立図書館、2階が田辺市立歴史民俗資料館。 |
歴史民俗資料館は撮影禁止だった。一通り、見学したが、気になったものも撮影してないと忘れてしまう。 |
扇ヶ浜海岸に向かい、海岸沿いの公園へ。軍艦マーチの歌詞の作詞者である鳥山啓(とりやまひらく)の碑と軍艦マーチの歌碑。 鳥山は南方熊楠の恩師で植物学者だったというのでびっくりした。 そういえば、この日、駅待合室で見た田辺の偉人のパネルに鳥山啓ってあったけど、知らなかった。(パネルの写真の下段真中) |
扇ヶ浜海岸に出た。「扇ヶ浜潮垢離場」の碑がある。由来書があり、熊野三山に詣でる人が、ここで海水で身を清めたということだ。 |
扇ヶ浜海岸。海水浴場の設備があった。下 湾の対岸は天神崎方面。日本のナショナルトラスト運動の発祥地。 |
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海岸沿いに田辺市武道館があり、その中に植芝盛平記念館がある。植芝盛平は合気道の創始者ということだ。さほど関心がないので入館しなかった。 |
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上左 紀南文化センター駐車場内のの植え込みの中にある弁慶松。上右 弁慶松のすぐそばにある弁慶産湯の井戸。 左 南方熊楠顕彰館。展示はごく簡単で白浜の記念館に及ばない。 |
ここは熊楠の住居の展示がメインだ。 |
研究室。 |
座敷。 |
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上左 八坂神社。どうして八坂神社があるのかよくわからなかった。上右 八坂神社の扁額。 左 小さな境内に弁慶腰掛の石があった。弁慶が腰を掛けた際、あまりの重さで石がへこんだと伝わっている。 |
八坂神社と狭い道をはさんで田辺第一小があった。由来書によると、もともとプールのところに弁慶産湯の井戸があったが、プール建設のため紀南文化センターに移設したとのこと。プールの下に井戸の跡は残っているとのこと。 |
田辺城の水門。田辺城の石垣は水門の付近にしか残っていない。撮影している自分の背後には川がある。 |
河口も近い。 |
本丸跡から水門を見る。 |
本丸跡は小さな公園とあとは住宅地になっていて、城跡を連想するものは、水門しか残っていなかった。由来書もなかった。 |
紺屋町家。ここは1棟貸しの宿泊施設で値段もかなり安めなので、使ってもいいかな。 |
古い民家が散在しているようだ。 |
蟻通神社。変わった名前で、読み方は何だろうって思ったら、普通に「ありとおし」だった。 田辺都心部では、闘鶏神社につぐ大きな神社のようだ。 |
奥にある社殿。由来書に伝説が書いてある。ほら貝に糸を通すことを命じられた神様が、まず蜜を通し、つぎに糸を結んだ蟻を歩かせ、糸を通した。そのため、祭神は、日本一の知恵の神と称せられているという。なるほど、蟻通神社だ。 |
霊樟(れいしょう)。江戸時代の大地震のとき、大火が発生したのだが、この樟(くすのき)から水が出て、風向きが変わり、火の進行が止まったという。 |
"右、紀三井寺、左、熊野"の道標。 |
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上 遅すぎる昼食だが、「宝来寿司」に入店。この店で限定の寿司「ひとはめ寿司」を食べたい。左 店内。ひとはめ寿司を注文するつもりだが、さんま寿司や鯖寿司などメニューは豊富だ。 |
ひとはめ寿司。この寿司は、しめ鯖を中に入れた巻き寿司。外側を海苔やとろろ昆布で巻くのはよく見かける。 ひとはめ寿司は、外側を「ひろめ」という田辺湾だけでとれる海藻で巻いている。「ひろめ」は柔らかく、薄い海藻だ。 |
| スマートフォンをバスに忘れひと騒動 |
駅に戻る。待合室のテーブルや椅子は紀州材のもの。紀州材はつやがよく、強度が優れているという。紀州材の最大の産地は田辺市とのこと。田辺市の市域は、合併で熊野本宮まで含む広大な範囲で、大部分が森林だ。 |
今は田辺市に含まれる龍神村の作家による木工芸の展示が行われていた。来年の干支の馬。杢午(もくうま)というようだ。 |
熊野本宮大社の絵馬。こちらは蛇年のもの。熊野本宮は田辺市に入るのは、本宮に行ったときに知りびっくりした。 |
待合室からコンビニに通じていて、時間があったので、コンビニで土産物を買った。15時20分発の三段壁行きの快速・熊野古道号に乗車。 |
行先表示。 |
出発直後に市役所前を通る。ここは2024年5月に移転したばかりの新庁舎。旧庁舎は、紀南文化センターの隣接地。扇ヶ浜に面していて、津波の危険があるので、移転したのだろう。 |
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上 15時47分、白浜バスセンター着。宿に戻る途中、大変なことに気づいた。スマートフォンをバスに忘れたのだ。16時すぎに宿に戻ると、すぐにパソコンで明光バスの忘れ物問い合わせ先を調べ、電話した。自分の場合、スマートフォンを2台持ちしている。無駄も多く、おすすめはしないが、この時は2台持ちで助かった。 問い合わせの電話は宿の電話を使用できるが、調査結果の返信の電話を受け取るには、宿の電話では面倒だ。 返信までの30分が何と長かったことか。やがて返信があり、座席に忘れていて、営業所で保管しているとのこと。 左 17時前、白良浜発のバスで営業所最寄りの「藤島」へ向かう。 この日、昼間はなんともなかったのだが、日没前ごろから台風並みの強風が吹き、大変だった。 |
10分ほど乗車し、「藤島」バス停で下車。わずか10分の乗車だったが、とても長く感じた。下 バス停から営業所まで7、8分だったが、その間に日没があり、あっという間に真っ暗になった。 |
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営業所でスマートフォンを受け取り、受取書を記入。ほんとうれしくて、何度もお礼を言って退出。 下 バスもかなり戻ってきていた。 |
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藤島バス停で、バス時刻の関係上、15分ほど待った。このころ、風がさらに強くなっていて、寒さに耐えた。10分ほど乗車して、白良浜で下車。宿に戻るときも、強風で歩くのが困難なくらいだった。 宿まで戻ると、スマートフォンが戻り、強風から逃れたため、ほっとして脱力。スマートフォンを忘れたことを気づいてから2時間30分ほど。大変な時間が終わった。 |
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上 部屋では荷物を置いて、あまり休まずにラウンジに向かった。夕食はラウンジの軽食ですませた。前日と同じメニュー。 左 前日と違っていたのは、ラーメンにかわってうどんだったこと。 |
デザートとコーヒー。大変だった1日が終了。 |
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