1日目   ちょこっと那覇、そして石垣へ

 

 台風シーズンの沖縄行きはできれば避けようと思っていたが、行くことになった。毎日、台風に気をつけて天気予報を見ていて、4日間の旅の間は何とか持つだろうと思っていた矢先、出発前日に台風が発生。

 沖縄に近いところで発生したため、翌日つまり旅行初日の夜に沖縄本島をうかがう気配であった。心配をしながらも出発。

 伊丹発8時20分のANA。旅行時のダイヤでは、ANA、JALとも伊丹発の那覇行きは朝の1便のみの貴重な存在だ。

 那覇空港では、ANA側のゲート付近から、爆発炎上した中華航空機がよく見えた。

 尾翼のマークは報道されていた通り消えていた。機体が姿をとどめていたのは、この翌日が最後で、翌々日から解体が始まった。旅の最終日には、解体作業を見た。

 さて、ターミナルを出ようとすると台風情報が張り出してあった。この台風は沖縄本島にやってきそうだ。夕方から影響が出、夜には最も接近するという予報だ。

 一方、今回の旅のメインとなる石垣、与那国方面はこの台風の影響がほとんどなさそうなルートで、この点は安心した。

 こうなりゃ、できれば、直近の便で、今夜泊まる石垣に直行したいところだ。、、が、それができないのだ。今回、利用しているチケットは「美ら島きっぷ」という特殊なもので、普通より安い値段設定の代わり、自分で設定したルートからはずれる変更ができないチケットなのだ。

 5枚のチケットからなるのだが、自分の場合、第1区間が那覇→宮古、第2区間が宮古→石垣なので、必ずこれに乗らねばならない。しかも、第2区間は1日2便しかない。

 この第2区間の便が、第1区間の便が、便名をかえて運航するようなので、第1区間が欠航になれば、第2区間も欠航になる。そんな事情があったので、あえて、第1区間の便を早い便に変更はしなかった。

 モノレールを県庁前まで乗り、国際通りをぶらぶらしながら、牧志市場に向かった。

 島バナナなど本土では見られないものを見ながら、牧志市場に到着。

 

 

 

 

  

 那覇では、この市場には立ち寄る。鮮やかな魚、豚の顔の皮などがみていて楽しい。
 
 ちょうど昼になったので、市場の2階の食堂で昼食にした。何軒かある店のひとつで、琉球定食を注文。

 

 

 

  

 パパイヤの漬物、もずく、スク豆腐、ミミガーの和え物、ソーキとラフテー、アーサ汁。 
 
 牧志市場の横の商店街を南へどんどん進んだ。ずっと商店街が続くが、南にいくにしたがって、観光客向けの店が姿を消し、地元密着型の商店街となっていく。

 ところで、この商店街の下を川が流れているのだ。ガーブ川。1960年代半ばまで、ガーブ川は、地上に姿を見せていたのだが、氾濫防止のために暗渠となり、その上に商店街がつくられた。これが、牧志市場横の南北に長い商店街だ。

 
 どんどん南に進むと、やがてアーケードがなくなる。そして、農連中央市場に行きつく。朝には、各地から農産物が集まりにぎやかだそうだが、昼間は閑散としていた。
 
 農連中央市場の横に、ガーブ川が暗渠に入るところがあった。
 
 このあと、少し離れた壷屋焼の窯元や商店が並ぶ壷屋やむちん通りを歩いた。
 
 壷屋の散歩の最後に、壷屋焼の製法や歴史などを展示している壷屋焼物博物館に行った。壷屋焼の中でも興味深いのはシーサーだ。いろいろなシーサーをながめていると、あっという間に時間が過ぎる。

 このあと、モノレールの美栄橋まで行き、空港に戻ろうとしたが、そのころから雨が降り出し、風も強くなってきた。

 宮古行きの出発までは、まだまだ時間があるので、小禄で下車し、ジャスコ那覇店に行ってみた。本土のスーパーとほとんど変わらない品揃えだが、少しだけ県産品のコーナーなどもあり、土産の調達にも使えそうな店である。

  

 モノレールの切符の自動券売機は、先に行き先ボタンを押してからお金を入れる。海外ではこの方式が多いが、日本の乗り物の自動券売機は、先にお金を入れる場合が多いので、新鮮な感じがする。
 
 さて、搭乗手続きをしようと、案内を見ると欠航が増えている。そして、これから搭乗予定の16時50分発の宮古行きのあとは全便欠航のようだ。
 
 そのため、航空会社のカウンターの前は大混雑だ。

  

 

 

 それにしても、何というラッキーなことだ。欠航になってもおかしくない状態なのだが、ぎりぎりのところで運航されるようで。

 さて、どうして宮古行きなのかというと、「美ら島きっぷ」を使った場合、那覇・石垣間の片道は宮古乗り継ぎにしないと、チケットの発行条件に合致しないからだ。

 だから、今回の旅では、宮古はチケット発行の条件を満たすために空港に降り立ち、乗り継ぎをするのだ。宮古の滞在は30分以下だ。

 20分ほど遅れての出発。すでに、那覇付近には暴風警報が発令されているとのこと。

 なんとか、出発。たぶん、那覇空港を出発するこの日、最後の便だったであろう。

 宮古では、到着ロビーに出た後、すくに出発ロビーへ。そして、セキュリティチェックを受けて、出発待合室へ。宮古は台風の気配なしだが、那覇行きは欠航。しかし、那覇発は欠航だった東京行きなどは運航されている。
 
 宮古から石垣までは、那覇から宮古行きと同じ飛行機で乗務員も同じメンバー。

 30分ほどの飛行で石垣に到着。曇っているが、雲の間から青空が見える部分もある。

 

 
 石垣空港から市内へは東運輸の路線バスで。大浜信泉記念館で下車。このバス停、以前は港前といって、離島桟橋の最寄だったのだが、桟橋が移動したので、バス停の名も変わったようだ。
 
 ピースアイランド石垣イン八島で2泊する。画像からもわかるように、2階以上の階のようすは、まるでマンションだ。
 
 部屋はワンルームマンション風。そして、洗濯乾燥機と電子レンジがあるのが、このホテルの特徴だ。
 すぐに夕食のために外出。この日の夕食は、辺銀(ペンギン)食堂でとることを決めていた。

 辺銀食堂でいただいた料理。

 焼餃子とオリオン生ビール。

 餃子は、石垣島ラー油をつけていただく。

 上のほうに写っている、にんにく油も少し入れてみた。

 

 これがうわさの島餃子。

 オレンジ色  赤ピーマンの色。中には、葉にんにくなどが入っている。

 黄色  ウコンの色。中にはレンコンなどが入っている。

 緑色  ほうれんそうの色。中にはいんげん豆などが入っている。

 黒色  イカスミの色。中にはイカと豆腐が入っている。

 白色  普通の皮だが、中には島らっきょうなどが入っている。

 

 左は、島豆腐と長命草のサラダ。

 長命草はこの地域独特の野草。

 スーチカすば。

 1日10食限定ということなので、閉店も近いような時間にいったのでは、無理だと思ったが、一応尋ねてみた。

 な、なんと食べられてラッキー。

  

 そして、餃子を食べるのに使った「石垣島ラー油」も販売していたので、土産用に買った。あまり辛くない。

 辺銀食堂を出た後、近くのネットカフェで1時間ほど遊んで、ホテルに戻った。

 TVをつけると、沖縄本島の近くに台風があって、本島南部は暴風雨になっている。石垣島はいたって平静であるのだが、、  




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