3 日 目

 

アムトラックに乗車

  3日目は日帰りでフィラデルフィアに向かう。フィラデルフィアはアメリカ合衆国の独立宣言が出された街であり、アメリカ合衆国の独立当初の首都であった。今回は独立当時の面影を見るために訪問した。

 6時にホテルを出る予定だったので、5時30分に起きて朝食。この時間が予定通りいくかどうかがこの日の全体を左右するわけだったが、無事に起きることができた。朝食は前夜にチャイナタウンのコンビニで買っておいたパンですませた。

 地下鉄でペンステーション(ペンシルヴァニア駅)に向かい、アムトラックの切符を購入。7時5分発の Carolinian に乗車。ニューアークとトレントンに止まりフィラデルフィア着は8時30分で所要時間1時間25分。終着はワシントンDCで10時25分。

 アムトラックの切符を購入の際には、IDカード(外国人はパスポート)を提示しなければならない。切符には名前が印刷され、さらにサインをしなければならない。テロや犯罪の対策のためだろう。運賃は71ドル。乗車した列車はコーチクラス(2等車)71ドルだったが、所要時間1時間5分のAcela(アセラ)だと、時間帯にもよるが、最低でも100ドル以上になる。

 この切符は復路のもの。発車後しばらくして車内改札があり、大きな部分が切り取られ、半券だけが手元に残った。復路では車内改札の前に撮影しておいた。
 どのホームから発車かは発車の15分ほど前にならないと表示されない。そのため確認するために掲示板近くにいることが必要だ。

 ところで、ペンステーションからフィラデルフィアへ鉄道で行くには2つの方法がある。1つはアムトラック。もう1つはローカル列車を乗り継ぐ方法で、ペンステーションからトレントンまでNJトランジット、トレントンからフィラデルフィアまでセプタを利用するという方法もある。こちらは運賃は25ドル程度で済むようだ。ただ、時間はかかり7時14分に出発し、フィラデルフィアに9時46分に到着だ。これ着くのが遅いのでアムトラックを利用した。

 発車の10分ほど前にホームに入る。ホームへの入口には係員がいおて、切符をチェックしている。ここは地下だが、さらにエスカレータで下がったところがホーム。
 乗車した列車の最後部。
 乗車した車両。

 下左  車内。

 下右  コーチクラスの場合は号車は指定されるが、席は自由席だ。乗ったときにはかなり席がうまっていて、車両の一番前の席があいていたので座った。車椅子用の席のようで、他の車両では優先席のような表示があったっが、この車両は表示はなく、車内改札の際も何も言われなかった。ゴミ箱はダンボール製。

 左  カフェ車。車両の3分の2ほどがテーブル席。その向こうに売店がある。

 下左  売店でコーヒーを買い、席にもどって飲んだ。飲物をこぼれにくくするため、ダンボールに飲物を固定できるようにしてあった。

 下右  フィラデルフィアに到着。

 到着したフィラデルフィアの駅は30St。コンコースがとても豪華にできていた。
 30Stの駅舎。とても大きな駅舎で、駅とは思えない建築だ。

リバティーベルと独立記念館

  左  30Stの地下鉄駅。鉄道駅の巨大駅舎をいったん出て、50mほど離れたところにある。

 下左  フィラデルフィアの地下鉄はコイン状のトークンで乗車する。3.1ドルで2枚を買う。

 下右  地下鉄は2種類あり、普通の地下鉄と路面電車が都心部で地下を走るものが併走する複々線になっている。左が路面電車、右が普通の地下鉄。トークンでどちらにも乗れる。

 左  歴史地区に向かい、まず最初に行ったのはビジターセンター。独立記念館は無料なのだが、入場時刻を指定した入場券が必要で、それをもらうためだ。9時に行ったのだが、指定時刻は10時40分。昼ごろには当日の入場券がなくなることが多いようだ。

 下左  第1,2代大統領のワシントン、アダムスの公邸跡。礎石が残っている。

 下右  リバティーベルを展示しているリバティーベル・センター。入場券は不要だが、少し列ができていた。入口では荷物チェックがある。

 リバティーベル。現在、独立記念館になっているペンシルヴァニア州議事堂で使われた鐘。

 1774年、独立への動きを強めていた植民地の代表が集まった大陸会議が開催された際、1775年、独立戦争の緒戦であるレキシントン・コンコードの戦いが始まった際、そして1776年7月4日独立宣言が発せられた際などに鳴らされた。

 1846年にひびが入り使われなくなったが、自由の象徴として保存され続け、現在はリバティーベル・センターに置かれている。

 独立記念館(インディペンデンス・ホール)。1749年にペンシルバニア植民地の議事堂として建設された。

 1776年7月4日、トーマス・ジェファーソンによって起草された独立宣言が読み上げられた。それ以来、独立記念館と呼ばれ、アメリカ合衆国にとって深い意味を持つ場所となっている。

 荷物検査を受けて敷地に入り、指定された時間までしばらく待った。

 

 上左  見学はツアー形式で行われる。まず記念館の東側(正面向かって右側)の建物でガイドの説明がある。

 上右  かつて裁判が行われた部屋。被告人が入れられた檻のようなところがある。

 左  独立宣言が読み上げられた部屋。絵で見たことのあるのと同じ光景があった。思っていたよりも小さく質素な部屋であった。

 独立記念館をツアー形式で見学したあとは、その西側の建物へ。そこには独立宣言やアメリカ合衆国憲法などの文書が展示されている。

 さらにその西側に初期のアメリカ合衆国の議会として使われた建物がある。

 1階は下院。

 2階は上院。上院、下院の語源は、1階、2階にあったということにあるらしい。

フィリー・チーズ・ステーキ食って歴史地区散歩

 昼食はフィラデルフィア名物のフィリー・チーズ・ステーキ。ニューヨークの屋台でも売っているのを見かけたが、本場で食べようとフィラデルフィアで食べた。

 フィリーは、フィラデルフィアの略称だが、街の略称であるとともに、NYの市民をニューヨーカーというのと同じような感じで市民もさすような言葉だ。フィリーズというフィラデルフィアを本拠地にする球団もある。

 チーズ・ステーキは、細長いパンに薄くい細切れにしたビーフとタマネギを炒めたものと熱くして溶かしたチーズをはさんだサンドイッチで、あちこちのレストランや屋台で食べることができる。

 上左  パンを広げたところ。ジューシーなビーフがたくさん入り、タマネギの甘さや溶けたチーズのネバネバ感がうまく重なってとても美味しい。買った売店では4ドルだったっが、3.5〜5ドルくらい。

 上右  飲物はA&Wのルートビア。日本では沖縄以外ではなかなかお目にかかれないので、これにした。

 左  歴史公園のベンチに座って食べた。画像の左の桜の向こうが独立記念館。

 ベンジャミン・フランクリンの家。

 独立時に政治家として活躍したベンジャミン・フランクリンは、フィラデルフィアでで印刷業で成功したあと、科学実験にも打ち込み、雷の凧揚げ実験によって、雷が実は電気であることを発見したことで有名。さらに、政治面では外交で活躍し、フランス大使として独立戦争の際にフランスの支持を得るために尽力した。個人崇拝を好まないアメリカにあって、珍しく今でも英雄として扱われている人物といえる。

 ベンジャミン・フランクリンの家の中。柱もほとんど残っていなくて、がらんどう。壁と一部の床がかろうじて残っている。かつて何があったのかとかがパネルで説明されている。

  1階には印刷場があった。フランクリンが仕事をした場所なのだろうか。

 画像の人物は当時の印刷機で独立宣言を印刷し、社会見学でやってきた生徒に説明をしているようだ。

 

  ベンジャミン・フランクリン郵便局。フランクリンは郵便局長もしていた。そして、この郵便局は今も現役の郵便局として使われていて、郵便を出したり切手を買ったりできる。

 ここでちょっと失敗。フランクリンの家の地下にはベンジャミン・フランクリン博物館があるのだが、気づかずに入りそびれてしまった。

   近くを歩くと水陸両用バスが走っていた。日本でも走っているが、この目で見たのは初めて。
 上左  Marchant Exchenge Building 円形の建築が珍しかったので撮影したが、どういう建物なのかよくわからなかった。

 上右  第二アメリカ銀行。歴史地区には独立当時の古い建物が数多く残されている。

 左  カーペンターズホール。カーペンターズ社によって建てられたもの。大工の会社なのかよくわからなかった。歴史的に重要なのは、植民地代表が集まった第一回の大陸会議が開かれた場所ということだ。

幽霊が出そうな刑務所やLove Parkをぶらぶら

 歴史地区を歩き終わったのが15時。午後はイースタン州立刑務所とフィラデルフィア美術館に行こうと思っていたのだが、この時間だとどちらかを選ばねばならない。それで選んだのがイースタン州立刑務所。

 この刑務所は1970年まで使われていた刑務所で、今は見学できるようになっている。アル・カポネが収容されていた刑務所でもある。

 で、刑務所に着いてみてびっくり。何と年に1回?の無料開放日だったのだ。10ドルほど必要なはずだったのでラッキー。

 刑務所跡はいろいろなところで見てきたが、ここも最初のうちは、同じような感じだ。房が両側にある廊下。いろいろな刑務所跡で見たのとほとんど同じだった。 

 あっと驚いたのは、開放されていないが、鉄格子の間から見えた通路。まったく整備されていない廃墟になっていて、幽霊が出てきそうな雰囲気だ。

 下左  1930年代に逃走のために開けられた穴。

 下右  アル・カポネが収容されたいた独房。他の房よりも豪華な感じで特別扱いされたいたようだ。

 見学が終わると閉館時間の17時。

 街の中心に戻り。LOVEのオブジェがある公園へ。JFK Plazaという公園だが、愛称でLove Park と呼ばれている。

 このあとターミナルマーケットへ。肉、魚、野菜、ケーキなどさまざまな食料品を扱っていてにぎわっていた。軽食をとるスタンド式の店もあって、ここで夕食をとろうと思ったが、18時で閉店で食事はかなわなかった。 

 フィラデルフィアにもチャイナタウンがある。あまり大きくはないが、雰囲気はニューヨークのチャイナタウンと同じような感じだ。
 18時30分をすぎ、ニューヨークへ戻るために地下鉄で 30Stへ 向かった。

 切符をまず買い、出発まで30分ほどしか時間がなかったので駅の構内のマクドナルドで夕食。日本では見かけないプレミア・チキンサンドを注文。18時をすぎるとクレ ッジットカードが使えないとかで、現金で払ったら、おつりがジャラジャラとでてきて邪魔に。

 乗車したのは、19時40分発のKeystone Service。この列車はNYとフィラデルフィア間だけの列車だ。ペンステーションには21時2分に到着する。

 19時23分発のセプタに乗り、トレントンでNJトランジットに乗り継ぐと22時2分にペンステーションに到着するので、ローカルを乗り継ぐことも考えたが、やはり早くホテルに戻りたいと思い、アムトラックにした。

 フィラデルフィアでは美術館に行けなかったし、川沿いも面白うそうなことがわかったっが時間不足だった。NYに行ったときにまた来てみたいが、そのときにはローカルを乗り継ぎたい。

 夕食をとったあと、ホームへの入口に向かうとすでに長い列。おかげで、せっかくフィラデルフィア始発の列車だというのに好きな席を選ぶことはできなかった。それでも、2人席を独り占めできた。最後に残った2人席を1人で座ったのだ。

 定刻にNYに着き、地下鉄を使ってホテルに戻り、1日が終了。 翌日は朝から空港に向かうので観光はもうこれで終わりだ。

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