日目 青の洞窟と古代神殿

 

 

 ソグディアナの朝食は8時から。これはちょっといただけなかった。8時から食事して、食後にすぐに出発するとしても8時30分ごろになる。バス停からバスに乗れるのは9時ごろ。ヴァレッタのバスターミナルに着くのは9時30分ごろ。ここから別のバスに乗れるのは、系統によって違うが10時ごろになる。

 そんなわけで、6泊したが、朝食をとったのは3回。この日は、最初とあって様子見のために朝食をとったのだが、結局、朝食をパスでしてでも早めに出発すればよかったと後悔した。

 サン・ジュリアンからヴァレッタへは11、12、13系統があり、あわせると10分に1本ある。ヴァレッタから11はサン・ジュリアンまでだが、12、13はさらに遠方までいく。特に13は島の先端まで行き、ゴゾ島に行くときに利用する。

 このほか、サン・ジュリアンから空港に直通するX4という系統があるので、この日はX4に乗車した。空港を発着する系統はXがつき、X1からX4まである。どうして空港行きのバスに乗ったかというと、この日にいく島の南にある青の洞窟に向かう201系統が空港が始発だからだ。

 空港に行くバスは、2連であり、中には荷物置き場が設けられている。

 2連のバスは空港行きのバス以外にも走っているが、そのバスは荷物置き場がない。

 さて、新型バスだが、2連のバスはメルセデスベンツ製、普通のバスは中国の金龍汽車製であることがわかった。ボンネットバスから代わったバスの主力が中国製のバスだということにびっくり。

 左 2連のバスの前面

 右 普通のバスの前面

 

 X4のバスは1時間ほどかかって空港に到着した。10kmもない距離なのだが、渋滞で時間がかかったうえ、途中で運転手の交代があり、そのときに少し待たされたのだ。

 空港に着いたのは10時前。この時点ですでに予定していたよりも遅くなっていて、朝食はパスしたほうがよかったなと思った。

 しかし、このあと、前日きたばかりの空港の前のバス停で1時間以上待つことになったのだ。

 201系統は前日にバスターミナルでもらったバスマップでevery 60 minutesと書いてある。それで最大60分待つことも覚悟していたのだが、1本間引かれていたのか80分くらい待った。暑い中、もう嫌だったが、仕方なく待った。空港前のバス停には長蛇の列。

 11時前にやってきたバスにやっと乗車。幸い早くから並んでいたからすわれたのだが、バスは超満員。ほぼ全員が青の洞窟に向かう観光客だ。青の洞窟に着いたのは11時10分。バス移動だけで午前中が終わってしまった。

 

 青の洞窟に着いて、まずは時刻をチェック。乗ってきたバスは20分遅れであった。

 左 青の洞窟のバス停の時刻表

 中 古代神殿に向かうときに乗るラバト行き201系統の平日の時刻表を拡大。

 右 空港行きの201系統の平日の時刻表を拡大。

 時刻表を見て作戦をたてた。11時10分だったが、これは先のバスが30分遅れているのだろうか。1時間30分後のバスは定刻でやってくるとして、12時38分のバスで古代神殿に向かう。そして、2時間後のバスでラバトに向かい、ラバトを少し観光するっていう計画。

 バス停は崖上にあって、青の洞窟のボートに乗るには5分ばかり坂道を下る。その途中にボートのチケット売場があった。7ユーロのチケットを買って、ボート乗り場に向かう。乗り場での販売じゃないので、安心して買える。

 ボート乗り場。ボートは次から次へとやってくるので、5分と待たずに乗ることができた。

 青の洞窟と言えば、イタリアのカプリ島がとても有名なので、イタリアにしかないと思われがちだが、マルタにもあることを知って、まずここは行きたいと思って丸1日マルタ滞在の日の最初にここをめざした。

 チケットの販売だけじゃなく、ボートからさらに小さなボートに乗り換えたり、頭を下げて洞窟に入るカプリの洞窟よりも安心できた。 

 ボート乗場のすぐ近くでは海水浴をしている人も多かった。またダイビングの初心者向けの講習も何組か行われていた。ボートは続々と出発したり、帰ってきたりしているので、人に当たらないか危なっかしい。

 ボートでは救命胴衣が渡されて身に着ける。前年、タイのラノーンからミャンマーのコートーンに向かったボートでは救命胴衣が足りずつけられなかったという思い出があるので一安心。もっとも、ここのボートはほとんど揺れず、海岸からも近いので怖くはないのだが。

 10分ほどで洞窟が多いエリアに到着。マルタ島の南岸は崖になっているところが多く、崖下には波の侵食によるのだろうか、洞窟がたくさんあるようだ。

 画像でも、右下のほうに崖下の洞窟の入口が見える。ボートは10箇所ほどの洞窟に入っていった。

 いよいよ洞窟に突入。
 洞窟によって海水の色が違っている。深緑色、薄緑色、白っぽいところとさまざまあった。これはもっとも青かった洞窟。 

 下左 薄緑色というより白っぽいのが印象的だった洞窟。

 下右 洞窟から外を見るとまぶしい。

 40分ほどでボート乗場に戻ってきた。これは乗っていたボート。

 このあと坂道を上がりバス停近くまで戻って、あっ!、サングラスを落とした。ボートの中に。と気づいた。ボートから下りるときに、リュックを背負い、そのときにサングラスに手があたって落ちたようだ。でも、もうどのボートかわからなくなってしまっていた。

 土産物屋でサングラスを買った。そんあことがあって、古代神殿に行くバスまで10分待ちとほどよい待ち時間になった。

   マルタには紀元前3000〜2500年ごろに作られた神殿跡がたくさん残されている。エジプトのピラミッドは紀元前2500年ごろから建造されたというから、ピラミッドより少し古い。

 マルタにそんなに古い神殿があるとは、旅行少し前に調べるまで知らなかった。

 青の洞窟からバスに10分ほど乗って、古代神殿の遺跡近くのバス停に着いた。見学後に乗るバスの時刻を確認して、10分ほど歩いて博物館兼管理棟がある。ここでチケットを買い、まず博物館を見学。神殿の模型があって、形などを知った。出土品も少しある。

 そのあと、博物館から5分ほど離れたハジャー・イム神殿へ。

 ハジャー・イムとは「聖なる石」という意味らしい。1839年から発掘がはじまり、1910年に全貌が明らかになった。土に埋もれたいたので、保存状態はよい。

 現在では、強い日射による風化や風や雨による侵食を防ぐために巨大なテントが遺跡全体を覆っている。

 右 神殿の一番奥にある「聖なる部屋」。

 下 巨石に穴の開いた部屋の入口。向こうは「神託の間」。

 

 このあと海の見える遊歩道を10分ほど歩いて、イムナイドラ神殿に向かった。日差しが強かったが、海からの風もあり心地よい散歩であった。

 こちらの遺跡も巨大なテントで覆われている。

 右 遺跡の外側。

 下 一番奥の「聖なる部屋」。

 

 イムナイドラ神殿を見た後は再び海の見える遊歩道を歩いて、ハジャー・イム神殿、そして博物館のある管理棟に戻ってきた。バスを降りてから、遺跡の見学をして、ここまでで90分。

 次に乗るバスまでまだ30分ある。バス停で待つのは暑いので、5分前にバス停に着けるように、管理棟にあるレストランで冷たい飲物を飲んで休憩することにした。

 マルタ独特のノンアルコールの飲物で有名な「キニー」にした。日本で似ている飲物をあえて言えば、あまり見かけないがドクターペッパーだろうか。

 さてバスの発車まで15分となって、バス停に向かった。バス停までは10分ほどなので、発車5分前には着くはずだったのだが、、

 バス停に向かって歩き、あと5分ほどでバス停に着くというとき、何とバスがやってきた。走っても間に合わない。バス停に着いて時刻表をもう一度見た。バスは10分、早発をしていたのだ。

 遅れるだけじゃなく、早発もあるとは、、それも10分も。ラバト方面のバスは1時間後。それに乗ってラバトに行っても、もう見学できるところは少ないだろうし、この日はラバトに行くのをあきらめて、10分後にやってくる空港行きのバスに乗ることにした。このバス停は空港行き。ラバト方面は、ただポールがたているだけだ。

 乗ったバスは再び青の洞窟まで行ってから空港に向かった。そして、空港からはヴァレッタ行きのバスに乗車。

 ヴァレッタのバスターミナルに戻ってきたのは16時前。この日は、バスが大幅に遅れたり、早発したりして、結局、青の洞窟と古代神殿にいけただけだった。

 それでも、日は明るいし、後の時間を利用して、日本海軍の慰霊碑を見に行くことにした。ここはガイドブックに囲み記事があるのだが、住所や行き方が書かれていない。それで、バスに乗車するとき、ドライバーにnavy cemetoryに行きたいがバス停がわからないので言ってほしいと乗車した。

 実は乗車してから、発車するまでに、すでに閉鎖時刻は16時でもう入れないことが判明していたのだが、ドライバーに頼んだ手前もあるし、翌日は順調に行けるよう下調べのつもりで乗車し続けた。

 あるバス停で、ドライバーがここだがクローズだと言ってくれた。でも、そこは別の英軍施設の跡地の公園だった。間違っていることはわかったが、ドライバーには、翌日またくる、と言ってそのままバスに乗り続けた。

 乗ったバスは末端のカルカーラでは一方通行で走っていて、乗っていればターミナルに戻るのだ。そして、目を皿のようにして乗車し、バス車中から目的の墓地を発見した。入口のまん前にバス停があって便利なこともわかった。そして、翌日、訪問した。17時30分にヴァレッタに帰着し、バスを乗り換えて 宿に戻った。

  宿に戻ったあと、荷物を置いてすぐに夕食に出かけた。

 まだ18時30分で、どのレストランもガラガラ。前日行って満員だったスピノラ湾の奥の屋外レストラン「カフェ・ラファエル」もすいていた。湾に面した席につくことができた。

  赤ワインをフルボトルで注文。レストラン独自のワインだろうか、一番安い5.2ユーロ(約580円)のもの。

 

 

 

 

  パンを食べながら、ワインで30分ばかり過ごした。 

 カラマリ・リピーニ。

 いかめしに似た料理だ。いかの内臓をとりだしたあとに、ご飯を入れて炊くのがいかめし。これは、内臓をとりだしたあと、アンチョビーをすりつぶしたもの、白身の魚の細かい切り身、たまねぎ、パセリなどを入れて、蒸した料理だ。ポテトがたくさんそえられ、いかとポテトにトマトソースがかけられている。18ユーロ。

 美味しかったうえ、量もかなりあった。前菜をとる必要ないし、多くの人はメインとデザートだけのような感じだった。

  食事中に日が暮れ、やがて真っ暗になった。デザートとして、レモンシャーベットをとった。レモンをくりぬいたあとにシャーベットを入れたもの。

 このあと宿に戻り、この日も終了。