3日目 ぐ る り 一 周 ヤ ン ゴ ン 環 状 線
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モヒンガー食べてヤンゴン環状線一周の旅スタート |
朝食は洋朝食にかえて、麺料理をいただくことができるので、3日目の朝食はミャンマーを代表する麺といえるモヒンガーを頼んである。 モヒンガーだけが出てくるのかと思っていたのだが、洋朝食の卵料理とトーストにかえてモヒンガーで、洋朝食よりも量は多い。 |
モヒンガーはミャンマーを代表する麺料理だ。麺は米の細麺でそうめんのような感じだ。スープは、魚がベースになっているらしいが生臭くはなく、ココナッツの味もする。味付けはナンプラーが主体だが、唐辛子やしょうがそれにカレー系の香辛料も使っていて、濃厚なスープだ。パクチーの葉も浮かんでいる。 具は煮卵、さつまあげ風のものや何だかよくわからないが天ぷらのようなものや、魚の身を煮たもの入っている。 |
朝食のあと、いったん部屋に戻って、すぐに出発。この日はヤンゴン環状線に乗車するので、前日もやってきたヤンゴン中央駅にやってきた。 ヤンゴン中央駅の6、7番ホームが環状線の発着するホームだ。6番が左回り、7番が右回りの列車のホームになっている。ミャンマー数字だけでなくアラビア数字の表記もあって助かった。また、日本では環状線は内回り、外回りという言い方をするが、ミャンマーは列車は日本と同じく左側通行なので、日本式で言えば、右回りは外回り、左回りは内回りだ。 |
ホームの中ほどの切符売場で切符を購入。サーキュラーチケットで通じ、500チャット。約45円だ。このチケットで環状線を一周できるだけでなく、途中下車もできるので、3つの駅で途中下車して、その近くにある観光地をタクシーまたは徒歩で訪問する予定だ。 下左 前日に駅員に尋ねて8時20分の列車があることまではわかっている。ガイドブックに記載されているのと同じ時刻だ。ガイドブックで検討したら、右回りで途中下車していくほうが動きやすいダイヤだったので、右回りで動く計画をたてていた。しかし、ガイドブックに記載されている時刻とはかわっているかもしれない。 しかし、掲示されている時刻表はミャンマー数字で書かれているので、アラビア数字の時刻表はないか尋ねてみた。すると、切符売場の中に入るように言われ、アラビア数字の時刻表を見せてもらえた。ガイドブックとは少し違っていたが、右回りの方が便利なのは同じで、予定通り右回りで動くことにした。 |
上右 環状線の路線図。ヤンゴンから西の方向に向かうのが右回り。駅数は39駅あるが、西南部で駅数が多いようだ。 3ヶ所、オレンジ色の枠で囲んでいる駅で途中下車する。途中下車しなければ、2時間半ほどで環状線を一周するようだ。一周が50kmほどの路線なので、恐ろしくスローな列車だ。 左 定刻の8時20分になっても列車はこない。20分遅れで列車が入線してきた。ディーゼル機関車がけん引する客車列車で10両ほどつながれている。 てっきり中央駅始発だとばかり思っていたら、満員の状態で到着し、たくさんの乗客が下車し、そのあとで乗車。環状線のどこかの駅からやってきたのか、ほかの路線からの到着だろう。 |
さらに10分ほど停車し、中央駅の出発は30分ほど遅れてであった。ロングシートの席はほぼ埋まって、空席が少しある程度だった。 予想はしていたが、ドアは開放したまま動いていた。超スローな列車とはいえ、満員で到着したのを見ると、かなり危ないと思った。 |
売り子が次々にやってくる。菓子類をはじめとうもろこし、フルーツ、飲物、新聞などを売り歩いている。意外だったのは、結構、買う人が多かったことだ。 |
環状線途中下車 |
環状線の列車の車内ではいろいろな売り子たちが行き来していた。ゆでたとうもろこしを売っている男性。2人がかりでかごを運んで売っていた。 下左 新聞を売る子供。 下右 何やらお菓子かな。頭の上の盆に商品を載せて移動する女性。 |
上左 1時間ほど乗車してインセインに到着。他の多くの駅よりは少々大きめの駅だ。ここで1回目の途中下車をする。 上右 跨線橋もある駅なのだが、ほとんどの下車客は、線路を渡って出口に向かっていった。 駅前にタクシーはなかったが、大通りに出るとすぐにタクシーはやってきた。 |
タクシーに2km、10分ほど乗車。1500チャット。 やってきたのは、Royal White Elephant Garden。ここに3頭のホワイトエレファントがいるということで見学することにした。 50mほど離れたところからの見学になるが、灰色ではないことはわかる。 |
真っ白だと思っていたのでちょっと意外だった。少しピンクがかった感じの色をしている。 |
上左 ホワイトエレファントを見て、外に出ると、大通りの斜め向かいの位置にあるのが、ローカチャンタ・アーバヤ・ラヤブニ大仏の入口。 上右 長い階段を上がる。最近できたようなきれいな階段だ。 左 階段を登りきって丘の上に出ると大仏の安置されているホールがある。 大理石でできていて、マンダレーで作られて、船でヤンゴンに運ばれたという。新しい大仏はコンクリート製が多いが、この大仏は丁寧に作ってある。ただ、大仏がプラスチックの覆いに囲まれていて、よく見えにくく、写真も撮りにくいのが難点だ。 |
上左 変わった像があるということでやってきたアーレイン・カーシンパゴダ。大仏からは1kmほど歩いた。 ちょうどカレン族の新年の展示をしていたのでそちらにむかった。 上右 カレン族の衣装や生活道具が並べられていて、カレン族の民族音楽が流されている。 左 天使のような仏像。変わった仏像が多いらしいのだが、これくらいしか気づかなかった。 この寺では、あまり時間をかけかれなかった。インセイン駅までやってきた環状線の列車は8時20分発。これが40分遅れていた。となれば、次も40分遅れていると仮定すると、中央駅10時10分発が10時50分発。インセイン駅にやてくるのは、1時間後の11時50分。こう考えるともう時間がなかったのだ。 |
タクシーでインセイン駅に戻った。1km、5分ほど。1500チャット。11時50分だが、列車はまだ着いていないようだ。なぜならホームに人があふれていたから。 ホームでは物売りが何人も商売をしていた。この女性はタナカをぬっている。11年前の訪問では女性は全員、タナカを塗っていたといえたのだが、今回は女性の半分ほどにタナカが減っていた。 結局、1時間遅れで列車がやってきた。 |
上左 中央駅10時10分発の列車だろう。今度もディーゼル機関車がけん引する客車列車だった。本来ならば11時10分くらいにインセイン駅にやってくるはずだが、12時をすぎ12時10分近い。 上右 車内ではのんびりした光景がみられる。 左 ジャンクションであるダニンゴン駅で、大勢の行商人らしき人たちが、大量の野菜とともに乗り込んできた。郊外で仕入れてきた野菜を載せるために、皆さん、窓から荷物を放り込んでいる。大きな袋に詰められた米もバンバン積み込まれる。 座席に座りきれなくて、床に座っていた行商人の人たちも、一駅一駅停車するごとに少しづつ下車していく。ダニンゴン駅出発時には足の踏み場もなかったのだが、幸い、自分が下車する駅のあたりでは、出口まで歩けるようになっていた。 |
2回目の途中下車をするミンガラドン駅に到着。ホームでは物売りが客車を移動していた。あまりの混雑で、物売りも商売上がったりだ。 実は、この駅の駅舎は列車の向う側にあったのだが、このときは気づかなかった。そのため、ホームが1つの無人駅だと思っていた。ホームの右手に外に出る通路があり、そちらに進んだので、駅舎はわからなかった。列車が出た後に、気づいてもよかったのだが。 ミンガラドン駅からは、日本人墓地に向うのだが、途中、アウミンガラ・バスターミナルにも立ち寄り、昼食をとろうと思う。また、ヤンゴン国際空港は、別名がミンガラドン空港で、この駅の近くまで滑走路がのびている。 |
上左 裏口から出たためか、静かな住宅街が続く。駅から2kmほど離れたバスターミナルまでタクシーを利用しようと思っていたのだが、タクシーがいそうにもない。 上右 1kmほど歩いて大通りに出たのだが、バスターミナルまでの半分を歩いたので、もう歩いちゃえということで、駅から30分ほどかかってバスターミナルに到着。ヤンゴンから地方都市への長距離バスを利用する場合は、このバスターミナルまでやってこなければならず、かなり面倒な感じだ。 左 バスターミナルにある食堂の一つに入って昼食とする。すでに13時を回っていて、腹ペコ状態だ。 |
ミャンマー語のメニューしかなく、フライドヌードルと注文した。 米の麺のやきそばがでてきた。麺は細麺と太麺が混じっている。そして、とても辛い。唐辛子味だ。 |
日本人墓地へは、さらに1kmほど歩く。墓地に行く途中に、バスターミナルの到着専用のターミナルがあった。 下左 日本人墓地の手前に別の墓地があり、間違えて、そちらの墓地に入ってしまった。おかげで15分ほどロス。 さらに歩いて、日本人墓地の入口に到着した。 下右 第2次大戦時の戦闘などで亡くなった日本軍兵士の墓がある。 |
墓地の奥に慰霊碑があった。 下左 慰霊碑の碑文。昭和56年の建立なので、そこそこ新しいものだ。 下右 「ビルマの竪琴」の主人公・水島上等兵のモデルとなった中村一雄氏の墓。 日本人墓地付近でもタクシーは通らず、バスターミナル近くまで戻って、やっとタクシーを拾うことができ、ミンガラドン駅に向った。 |
ミンガラドン駅の駅舎は、先ほど自分がホームに降りて、駅の構外に出た側とは反対側にあった。このとき14時40分。駅舎の写真を撮って、中に入ってみると、ホームに列車が停車中。 下左 停車していた列車。駅舎に面したホームに止まっていた。JRで使われていたディーゼルカーだ。この列車は自分が向う側とは反対の方向に向かうのだろうと判断。 やがてドアが閉まり発車するようだ。ところが、この列車、何と自分が向かう方向の列車だったのだ。大失敗。この列車に乗るべきだった。乗ることができたのに、見送ってしまい、しばし呆然。おそらく、乗りそびれたのが中央駅12時25分発の列車だろう。この駅には本来14時ごろにやってくるはずだ。しかし遅れていた。遅れは40分程度だ。先ほど乗車した列車は1時間遅れだったので、遅れが少し回復したようだ。 |
上右 次の列車は、中央駅13時10分発だ。この駅を本来なら14時50分くらいに出るはずだが、40分遅れているとしたら、15時30分ごろに出るはずだ。それまで、休憩だ。 左 15時ごろに、自分の向うのとは反対方向に向かう列車がやってきた。 |
駅舎側のホームに到着した反対方向行きの列車を見ていたら、何と反対方向の列車がやってきた。今度は、自分が下車したホームの側に停車した。 大急ぎで、ホームの先端まで行き、線路上を渡り、開いたままのドアから車両の中に入った。 中央駅13時10分発の列車なのかな。計算上は、この駅を通るのは14時40分ごろのはずだ。とすれば、遅れは20分ほどまでに小さくなっているわけだ。 |
車内だけ見ると、日本で走っていたころと変化がない。典型的な日本の通勤型車両だ。 すぐに、ミンガラドン空港の滑走路のそばを走行。空港の敷地は、線路よりも高くなっているので、滑走路は見えないのだが、雰囲気から考えて、空港の外であるのは間違いない。 下左 20分ほどの乗車で、3回目の途中下車をするタダレー駅に到着。15時30分。この駅からは3つのパゴダへ、徒歩とタクシーで向かうことにする。 |
かつてはJR久留里線で活躍していたディーゼルカーのようだ。 |
JR車両といっても、国鉄時代からのものじゃなく、比較的新しい感じ。 下左 まずはナーガ洞窟パゴダへ。修行中の小坊主がたくさんいる。僧院を併設しているようだ。入口が洞窟の形をしているとのことだが、自分が入ったところは、洞窟の形でなかった。 下右 パゴダの中央にある仏像のならぶところ。 |
上左 次にスゥェドミー・パゴダへ。まだ完成してから、年月がたっていないのだろうか。まっさらのような感じの本堂だ。 上右 本堂の内部。金色の仏像がいくつか、太陽光線を浴びて輝いている。 左 続いて、メーラム・パゴダへタクシーで移動。2つのパゴダは、駅を中心に点対称のような位置にあり、歩くには遠いのでタクシーを利用した。メーラム・パゴダは下町のパゴダの雰囲気が漂っている。 下左 お供えをケーブルカーのような仕組でパゴダの上部に積み込めるようになっている。 下右 ケーブルカーのようなカゴを動かすためにロープを引く人々。 |
上左 中央駅15時25分発の列車は、タダレー駅には本来なら17時25分ごろに列車が着くはずだが、20分遅れているとして17時45分ごろだと予想して、駅に戻った。すると、予想よりも早く17時30分くらいに列車がやってきた。正確な時刻がわからないが、5分か10分遅れにまで回復しているようだ。昼ごろには1時間くらい遅れていたことから比べると、ほとんど定刻に戻ったといってもよい。 上右 車内の禁止事項。禁煙、ゴミ捨て禁止、そしてラブラブ禁止。 左 18時30分ごろ、中央駅に戻ってきた。10時間ほどかけて、途中下車を3回しながらのヤンゴン環状線の旅を終了。 |
11年前にも利用した店でミャンマー料理 |
ヤンゴン中央駅に戻り、夕食をとりに、以前、11年前に行ったはずのミャンマー料理の店を再訪問することにした。 ライトアップされたスーレー・パゴダを見るために、ちょっと遠回りした。 下左 やってきた店は、ダヌビュー。適度にお客さんが入っている。 下右 飲物はミャンマービール。 料理は指差しで選んだ。 |
上左 フィッシュカレー。何の魚かわからないが、骨ごとから揚げにしてあり、油ギトギトのカレーに浮かんでいる。 上右 カリフラワー。あっさりした味付けで美味しい。 左 もやしと豆腐のたいたもの。薄い味付けでよかった。 下左 チキンカレー。チキンが油に浸されている。 下右 メンマ。味は濃いが、油はあまり使われていない。 |
上左 無料で出される野菜の盛り合せ。生野菜が中心であるが、なすはゆである。 上右 無料のスープ。青菜が多く入っていた。 左 全部の料理を並べてみると、皿の多さに圧倒される。油ギトギトのものをなるべく選ばなったので、美味しくいただけた。これだけ食べて10000チャット少々。約1000円。 |
帰り道、ミャンマービールのプレミアムを見つけたので、買って帰り、部屋で飲んだ。 |
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