1 日 目
成田空港周辺にて
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![]() しかし、伊丹・成田間は、午後便がとれず、朝のJL3002にした。それでも、羽田乗継よりもいいかなと思ったからだ。今回は、特典航空券を利用しているので、有償だったら乗れても、席が確保できなかった。成田周辺で時間つぶしだ。 |
![]() 特急・上野行きに乗車。でも、わずか一駅、成田で下車。空港でずっと待つのも何なので、成田山新勝寺へまず行くことにしたのだ。
右は、京成成田駅。 |
![]() 成田山の総門。
本堂と三重塔。このあと、京成成田駅に戻った。 |
![]() なんだか、鉄道のトンネルのようなものがあった。そしてどうも昔、鉄道が通っていたような道だ。画像の右下に写っている標柱で、ここには成宗電車が走っていたことが判明した。 成田駅前〜宗吾間約4.3kmの短い鉄道で、明治43年に開業し、昭和19年に廃止されている。 |
![]() 東成田はかつて成田空港駅だったため、かなり大きな地下駅だ。かつて成田空港駅だった当時にここで下車している。 芝山鉄道の区間はほとんどが成田空港の地下になっている。 |
![]() 成田駅ではパスモで駅に入場したのだが、芝山千代田駅はパスモなどICカードに対応していないのだ。
芝山千代田駅では芝山鉄道分の190円を支払った。京成分の運賃は、次にパスモを使うときに事前に申し出て、引いてもらうことが必要なようだ。自分は関西の住人なので、パスモを使う機会はほとんどなく、ちょっと面倒くさいことになってしまった。 |
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残念ながら期待したような展示ではなかった。 |
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また、離陸前の様子を見るのにも適当な場所だった。 |
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連休初日だというのにすいていた。まぁ、便の少ない時間帯だからだろうが。自動化ゲートに向かっていたら、有人ゲートが誰もいなかったからか、手招きされ有人ゲートを使った。
そのあと、JALファーストクラスラウンジへ。 |
![]() そのあとシャワーへ。 |
これよりサンフランシスコ旅行記
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搭乗時間になり、ゲートへ。今回は、非常口座席をとっておいた。前が広くてよいので。その窓側だが、窓はないようなものだが、まぁいい。通路側より静かなので。 |
![]() 搭乗した月から、6ヶ月間、洋食専門店「たいめいけん」の監修した機内食をエコノミークラスで出す取り組みがJALで始まったとかで、最初はキーマカレーだったのだ。1ヶ月ごとにメニューがかわるらしい。 キーマカレーは牛肉を使うのが普通だが、、高度が高いため固まりやすくなるので、豚肉と鶏肉を使ってうえで、美味しさを追及した品だということらしい。 |
![]() 日本時間では深夜1時ごろだから、体感的には夜食になるのだが、2度目の機内食が朝食として出された。 オムレツ、ソーセージ、パンケーキの典型的な朝食機内食。 現地時間出発日の11時(日本時間翌日3時)にサンフランシスコ国際空港に到着。 |
![]() ちょうど各地から到着する便が重なっていたので大混雑だった。米国民用のゲートにも誘導していたが、焼け石に水。 出口を出て、フロアを上がり、出発フロアへ。すぐに市内へ向かうBARTの駅があった。 BARTの券売機は、使い方が難しい。ガイドブックを読んでいたのでわかったが、はじめてだったら戸惑うに違いない。なにしろ、最初に運賃として$20が表示され、$1、$0.5を引いたり、足したりして、必要運賃を表示させるのだ。市内までは$8.5。こんな券売機ははじめてだ。 |
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サンフランシスコ国際空港は、自分の知る範囲では、鉄道駅とチェックインカウンターのある出発フロアの行き来が一番便利な空港だ。 |
![]() 右 BARTの車内。 下 パウエル駅にて。 市内中心部パウエル駅まで30分ほど。13時ごろの到着だった。
ホテルもパウエル駅のすぐそばなのだが、まだチェックインタイムになっていないので、荷物を全部持ったまま観光をすることにした。
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ケーブルカー乗場にはすごい行列ができていた。まったく考えていなかったところで、1時間待ちだった。
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![]() 左は車両の前と後が違っているタイプ。パウエルとメイソン通り、ハイド通りを結んでいる2つの系統に使われている。このタイプは終着点でぐるっと車両を回転させて、走行の向きを逆にする。線路の終端に回転台があり、車両をその上に載せて行われる作業は昔ながらの手作業でなかなか見ものだった。 もう1種類のタイプはこの日は乗らなかった。 |
![]() が、普通のケーブルカーと違うのが自動車や人の通る一般道路を走るっていうこと。だから路面電車だともいえる。それでドライバーがいる。 サイドのバーにつかまって立って乗るのも面白そうだ。この日はできなかったが、後日、サイドに乗ることもできた。 |
ケーブルカー車内。外側に向かって座るベンチは埋まってしまっていて、サイドバーを持って立っている人がいるというのに、中はまだすいていた。やはり、みなさん外がいいみたい。
予想以上の坂道だ。こりゃ歩くのは大変。まずは、ケーブルカー博物館の最寄りの停留所へ。 |
![]() 赤レンガのケーブルカー博物館は、古い車両や部品の展示施設であると同時に、ケーブルカーを動かしているケーブルの大もとにあたるところだ。
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![]() 左は、ケーブルを動かしている巨大な滑車。4つあって、これだけで市内3路線を走るケーブルカー全部を動かしているのだ! ケーブルカーのドライバーの仕事は、レバーを使って、車体の下についているフックをケーブルにとめたり、はずしたりすることだ。一般道路を通行するケーブルカーなので、頻繁に停車しなければならない。 |
次にチャイナタウンに向かった。ここは米国で最大のチャイナタウンだ。 ケーブルカー博物館からは坂道を下ること10分ほど。まず中国系移民の歴史を展示した中国歴史協会に行ったが、残念ながら閉館。
さらに歩くと、チャイナタウンのメインストリートであるストックトン通り。いろいろな店が出ていてここが米国なのか中国なのかわからなくなってくる。 |
![]() 行った日は、中華人民共和国成立60周年のイベントが繰り広げられていて、ステージでの出しものをやっていたし、屋台がいろいろ出ていた。 下は、タレ幕を拡大したもの。
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![]() 画像に見えているとおり、屋台食っても、中国などでの値段とは大違いで、とても高い屋台食であった。いろいろ食べれば、$15くらいになりそう。 チャイナタウンであるのに、どういうわけか、手前の屋台はサイゴンBBQの屋台だ。 |
![]() 左の画像を見ると、店の前の通りが坂道になっているのもわかる。
雲呑麺とマンゴージュースを注文。これだけで$10近い。チップと合わせて$11渡した。う〜む高いなぁ。 |
![]() ここの地下は、金山国父紀念館になっている。サンフランシスコの漢字表記は、旧金山や桑港が多いが、なぜか金山である。 |
![]() それでも、孫文の書や写真などを興味深く見学した。 このあと、ケーブルカーでパウエル駅に戻り、ホテルに向かった。 |
![]() ホテルはパウエル駅近くのFUSION。ホテルで一休み。またネット接続を試したら、無料ではなく、24時間$6弱。結局3泊で24時間は使いきれなかった。
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サンフランシスコの路面電車には、ストリートカーとメトロの2種類がある。 |
ピア39で下車。もと39番桟橋をショッピングモールにしたところ。ストリートカーの客のほとんどが下車したので、つられて下りた。
人出がかなり多い。 ここから夕焼けのゴールデンゲートブリッジを見ることができた。 |
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サンフランスコで一番人気があったメニューはクラムチャウダー。貝のはいったクリームスープ。本来は東部の料理で、ニューイングランド・クラムチャウダーというが、NYに行ったときに、オイスターバーで見かけたものの、食べる機会を逸してしまった。
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屋台やファーストフード的な店では、サワードゥという酸味のあるパンをくりぬいてスープをいれたものが多かった。入った店でもこのタイプだった。
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![]() 食後は、途中で水などを買って、メイソン線のケーブルカー乗り場まで歩く。フィッシャーマンズワーフってもかなりの広範囲にわたることを知った。 今度はすぐに乗れた。約20分でパウエルの終点へ。そしてホテルに戻った。21時30分だったが、日本時間では翌日の13時30分。長い一日がようやく終わった。 |
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