5 日 目 松 島 ・ 塩 釜
| 松 島 | 
|  同じホテルに、2週間前に泊ったのだが、前回は席に着くと和定食が運ばれてくるスタイルだったが、今回はビュッフェ方式だった。3日前から変わったということだ。徐々にコロナ禍の前の状況に戻っていくようで、うれしいことだ。 | 
|  しっかりといろいろいただいた。夕食でお酒をいただきながら食べてもよい感じのメニューだ。 下左 デザート類もさまさまあってうれしい。 下右 店内の様子。 | 
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|  この日は最終日だが、松島と塩釜を回る。まず小牛田行きの電車で松島駅に向かい、そこからスタートする。 | 
|  小牛田行きの電車。帯が緑とピンクであるのが印象的。 | 
|  松島に到着。これから瑞厳寺に向かうのだが、近いのは仙石線の松島海岸駅だ。松島駅からは少々歩かされるが、仙石線は普通電車だけなので松島駅を利用した。 | 
|  松島駅の駅前からの道。 この道を進むと仙石線のガードがあり、頭上を仙石線の電車が轟音をあげて通過した。 そこから、坂道を上がり、また下るという道を歩いて瑞厳寺に向かった。 | 
|  瑞厳寺には正面からではなく、横にある入口から入ることになった。 この写真の右手から境内に入り、写真右端に写っている入場券売場で入場券を買って、写真真ん中の門から有料エリアに入った。 | 
|  本堂。 本堂の内部は見学できるのだが、ここから庭を通って入るのではない。ここの右手にある庫裡から入場し、建物の内部を歩いて本堂の内部に至る。 本堂と庫裡は伊達政宗がこの寺を再建した当時のもの。 | 
|  庫裡。 台所の役割をもつが、ここも本堂と同じく国宝。ここで靴を脱いで入場し、本堂に向かう。 下左 津波到達地点と復興地蔵堂。 下右 鐡道殉職者弔魂碑。1931年の建立。 | 
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|  上左   弔魂碑のそばに動輪が置いてある。こちらは1970年に鉄道百年として、仙台鉄道管理局が設置したもの。 上右 洞窟遺跡群。海外では似たものを見たことがあるが、日本では初めてだ。 左 海岸近くの参道入口。 | 
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|  上左   海岸に出て5分ほど歩いて五大堂へ。五大堂の入口。 上右 海岸から数m離れた島にある五大堂。五大堂も瑞厳寺に属する。 左 五大堂から見た松島湾。 | 
|  松島湾の島めぐり観光船。観光船の多くは松島に戻るものだが、1時間に1便ある塩釜に向かう便に乗船した。 運賃は1500円だが、なぜか1割引きになり、2階のグリーン船室に乗ってもよいということだ。 下左 2階のグリーン船室。ガラガラだった。 下右 前面に座った。 | 
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|  小さな島にも名がついていて、案内でも○○島と言っているのだが、島の名はわからなくなってしまった。 この木が1本の島は松島湾でも特に有名な島で写真によく使われる。 下左 この島は側面は震災で崩落したようだ。 下右 この島は上部がキノコ型をしている。いずれは波で浸食されて、上部がなくなってしまいそうだ。 | 
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|  木が茂っている島と全く木がない島が隣り合っている。 下左 灯台のある島があった。 下右 目的地の塩釜港に入ってきた。これはドック(造船や船の修理のための施設)かな。 | 
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| 塩釜そして帰宅 | 
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|  上左   塩釜の到着地は、マリンゲートという商業施設の横。 上右 マリンゲートに入る。津波による浸水の深さが示してあったが、1,5mほどだ。松島湾の島の中には湾の入口をふさぐ大きな島もあるので、津波の威力を小さくしたのかな。 左 マリンデッキ。マリンゲートとイオンタウンを結ぶ歩道橋。400mほどあり、津波の際の避難場所になっている。 | 
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|  上左   イオンタウンから少し地上を歩くと本塩釜駅。 上右 駅の西側には石灯籠があった。駅は2006年に高架化されたが、石灯籠も位置などが変わったのかな。 左 昼食は、すし店「すし哲」へ。塩釜でも人気の有名店のようだ。 | 
|  カウンター席の一番端に座った。寿司を握る姿がよくわかって、見ていて楽しい。2人で、ネタを分けて握っているようだった。 | 
|  カツオたたきがまず出された。先付けとして、ついてくるようだ。 下左 上にぎりにした。有田焼の大皿にのせられてきた。 人気は特上にぎり。8カンと鉄火巻だったが、特上だと鉄火巻が煮ダコ、アナゴ、子持ち昆布になるようだ。ここは、特上にしたほうがよかったかな。 ネタはいいのだが、シャリは少な目。 | 
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|  上右   玉子焼きには「すし哲」の印。ほかのネタが良かったわりに、玉子焼きは何とも思わなかった。 左 メヌケのあら汁。他の客がすすめられて注文していたので、自分も注文。 | 
|  最後に、桃のシャーベットが出された。 回らない寿司店は久しぶりだったのだが、格式張らず、気難しさもなく、庶民的な感じの入りやすい店だった。 | 
|  塩釜は40年ぶりだ。前回きたときは仙石線が地上を走っていた。高架の仙石線の横に細長い空地が続いているので、ここが線路敷だったのだろう。 40年前も本塩釜駅から塩釜駅まで歩いたのだが、今回も同じく移動する。当時の本塩釜駅の位置を特定しようとしたが、わからなくて残念。 | 
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|  上左   芭蕉が松島湾を移動するために小舟に乗った場所。 上右 塩釜神社の東参道の起点。表参道より急ではないので、坂道を選んだ。 左 途中、芭蕉が宿泊した宿の場所があった。→のついた標識の右の案内板に、この付近が宿の場所と書いてある。 | 
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|  上左   眠り牛。牛の背中をこすると願いがかなうらしいが、今は感染対策のため、さわらないで下さいとのこと。 上右 かなり古い日時計があった。 左 本殿に到着。 急な階段の表参道を下り、塩釜駅に向かった。 | 
|  塩釜駅に到着。 下左 仙台行きに乗車。 下右 仙台でいったん改札を出て、土産物を買ったりしたあと、仙台空港行きに乗車。 | 
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|  上左   空港ではすぐに保安検査場を通り、サクララウンジへ。 2週間前に入ったANAラウンジの隣だ。ANAラウンジに比べると狭く、トイレがないのが難点だ。 上右 おつまみとして、カレーせん、ソフトサラダ、ハッピータンの3種類が置いてあった。 左 ビールはビールサーバーではなく、冷蔵庫から缶ビールを取り出して飲む。サクララウンジとしては珍しいのではないか。 | 
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|  上左   JL2214 
		伊丹行きに搭乗する。 上右 席は普通席の一番前の席で、自分の前はクラスJ.。 左 飲物サービスでは温かい飲物が復活し、コーヒーをいただいた。 伊丹に到着し、今回の旅も終了。 | 
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