3 日 目 竹 田
| 岡城跡 |
朝食は、前日選ばなかったものを多く選んだ。しいたけカレーがあったが、口にあわなかった。オムレツは卵調理人がつくってくれる。 |
9時13分発の三重町行きに乗車。 |
乗車した三重町行き気動車。この列車、10時2分に三重町に着き、10時3分発の豊後竹田行きに乗換えねばならない。 |
車内。三重町に到着。何と、この列車が、そのまま豊後竹田行きになるという。なぜ、大分発豊後竹田行きではなく、別列車の扱いにしているのかは不明。 下 10時31分、豊後竹田着。 |
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古い町並みの通りを歩いて岡城跡へ。山の上に城跡らしきものが見える。岡城跡は、約45年ぶりの訪問。前回のことは、来たこと以外はまったく記憶がない。 |
30分ほど歩いて入城券売場に到着。ここには総役所があったという。岡藩の行政、裁判をになったという。 |
この絶壁の上にも石垣が見えるが、ここまで上がれるのかという気になった。 |
少し歩いて城の上がり口へ。ここから上がる。1936(昭和11)年に国指定史跡になったとある。 |
階段や坂道を上り大手門に到着。下 案内図。赤いところが大手門。 まず右手の本丸や東端の門に向かう。 そののち、右側に広がる西の丸や武家屋敷跡を歩こう。 |
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上 東への尾根道を進み、三の丸や本丸が見渡せるところにやってきた。前面が三の丸の城壁。右端の高い部分が本丸の城壁。 左 三の丸に入る直前のところは、尾根が狭くなっていて、幅は20mほどの「西中仕切」。 |
三の丸の入口。左を奥に進むと二の丸がある。右には上に上がる階段があり、上がると本丸。 |
三の丸。 |
二の丸には滝廉太郎の像がある。 |
二の丸の北側には深い谷がある。 |
本丸。岡城は、12世紀に源義経を迎え撃つために築城。14世紀に志賀氏が城主になって、1586年に島津氏攻撃をしのぎ"難攻不落の城"として有名になった。 志賀氏の主君である大友氏が没落し、志賀氏も岡城を放棄。以後、1594年、秀吉により池田氏が城主となり、江戸時代を通じて、中川氏は転封なく、現在に残る石垣もつくられ、廃藩置県まで岡藩の拠点となった。 |
本丸の中の三階櫓跡。天守に代わるものだろう。 |
三階櫓跡の下の石垣。 |
本丸の東側「東中仕切」がある。ここは幅が10mほど。ここには登城バス乗場があった。東端の門から小型バスが入ってくるのだろう。繁忙期だけ運行なのだろう。 |
東端にある下原門に到着。上から撮影。このあと、来たのと逆コースに歩いた。 |
本丸下の石垣を右に、絶壁の下に広がる谷を左に見ながら先ほどとは逆に歩く。 |
西の丸エリアに入る。家老の屋敷跡。建物があったところが板張りになっていて、かなり広いことがわかる。 |
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上 谷を隔てて見える岡城の中心部。右から、西中仕切。三の丸、本丸、二の丸。左 三の丸と本丸を拡大して見る。岡城の中でも絶景といえる場所。 |
近戸門跡。ここから入城券売場に戻る道があるが、落石のために閉鎖されていた。 |
西の丸。かなり広い空地。岡城跡を2時間少々かけてまわり、退去。前回訪問時の記憶がなかっただけに、思っていたよりもかなり広いと思った。 |
| "さぶらんごはん"、滝廉太郎記念館など |
やってきた道を駅方面に戻り、滝廉太郎記念館そばの「さふらんごはん」で昼食。 |
店内。カウンターで数席の店。 |
メニューはなく、日替わり定食だけ。野菜中心でヘルシーな内容。小鉢に入ったおかずがいろいろでてきてよかった。おばあさん1人で切り盛りされていた。 |
さふらんごはんのハヤシライス。さふらんごはんはきれいな黄色。ハヤシライスは地元のトマトを使っているとのこと。 これだけいただいて、立ち上がると、何とコーヒーがあるという。 |
コーヒーとココア寒天。充実したお料理が950円と格安。年金生活の人たちがくるので、この値段でやっているとのこと。 |
滝廉太郎記念館。滝廉太郎の父は、もと日出藩の家老で、明治政府の役人になり、地方を転々とし、この地方の郡長としてやってきた。 廉太郎は父ともに、この家に来て2年、この地の高等小学校に通い、卒業後、東京音楽学校に入学。ここで生活したのは2年。 |
玄関。 |
座敷。 |
別棟の1階が資料館になっている。そこでビデオを見る。初めて知ったことが多数あった。23歳で亡くなっていて、短期間に多数の唱歌を作曲しびっくり。 しかも、ピアノの演奏とピアノ楽曲の作曲でも名高かったと知った。 ビデオで話をした名誉館長が、廉太郎の妹の孫の筑紫哲也さんで、これもびっくり。 |
2階の廉太郎の部屋。 |
窓からは岡城が見えた。「荒城の月」が作曲される背景にはこんなこともあったのだって感慨深い。下 「荒城の月」の作詞者・土井晩翠の筆による歌詞。 廉太郎と晩翠はロンドンで一度出会っただけだというエピソードにもびっくり。晩翠は歌詞を仙台城や会津若松城をモデルにして作詞したらしい。 |
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すぐ近くにある廉太郎トンネル。小さな短いトンネルだが、歩くと「荒城の月」などの音楽が流れる。 |
竹田市歴史文化館・由学館。まず、岡城の紹介ビデオを見て、岡城関係の展示を見る。 下 岡城の模型。歩いたコースを確かめたが、かなり大きな山城だとあらためて実感する。 |
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主な展示室では地元画家の阿南秀行の展示。歴史的な展示じゃなかったのだが、なかなかよかった。撮影禁止。 |
歴史文化館と共通で入場できる竹田荘(ちくでんそう)へ。岡藩に医師として仕え、画家としても著名な田能村竹田の屋敷。田能村竹田は、2日前に大分の美術館で初めて名前を知り、作品を見たばかり。 |
両側に手すりも壁もない階段は怖かった。 |
崖の上に位置し、窓からは竹田の街がよく見える。 |
武家屋敷通り。武家門や土塀が並ぶが、中は現代風の住居や更地になっているところがほとんどだった。 |
キリシタン洞窟礼拝堂。 |
洞窟の中には、祭壇の跡らしいところが残されていた。 |
| 大分に戻り夕食 |
豊後竹田16時32分発、大分行き。 |
車内は転換クロスシート。17時41分大分着。 |
駅ビル内で食べて帰ろうと店を探す。通路と店の間に壁がない「マキチ商店」に入る。 |
生ビール。 |
おでん。牛すじ、大根、餅巾着、糸こんにゃく。 |
にら豚。豚肉。キャベツ、にらを炒めた大分名物。にらは大分特産で、それを使うのが特徴。大分では今夜が最後の食事だが。りゅうきゅう、鶏天、団子汁、鶏飯と名物を食べられてよかった。 |
カルピスサワー。 |
カキフライ。美味しくいただいて宿に戻る。3時間ほど休んだ後、夜鳴きそばと温泉へ行った。 |
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