2 日 目   国 東 半 島

 

宇佐神宮、富貴寺
 この日は観光バスで国東半島めぐり。 7時に朝食会場へ。

 下   和食中心に選んだ。ご飯はまぐろの漬けをのせて、日向丼にした。
 
 
 デザートとコーヒー。真中はかぼすゼリー。
 
 8時50分、大分駅前を出発。

 大分から乗車したのは自分だけ。別府から2人乗車。ガイドさんによると、この日は特に少なくて、普段(土日のみ運行)は10人ほどはいるという。
 
 バス前面の表示。
 
 10時すぎに宇佐神宮へ。
 
 SLが静態保存されていた。ガイドさんによると、最終的には大分交通の豊後高田〜宇佐八幡間の路線で活躍したが、昭和40年に廃止されたとのこと。この場所は、もと宇佐八幡駅だったところのようだ。
 
 手水舎。水盤は山口県の徳山御影石を使っていて、日本一の大きさらしい。
 
 祓所。ここは立ち入れない。
 
 2025年は宇佐神宮創建1300年だったようだ。

 下   上宮(じょうぐう)。奥にある本殿は国宝。

 宇佐神宮は全国に4万ある八幡社の総本社。皇室も伊勢神宮に次ぐ第二の宗廟としている。神輿と神仏習合の発祥地でもある。
 
 
 御神木。高さ30m、周囲5mの大楠。
 
 下宮。

 今回の訪問地は自力では行きにくいところが多いが、ここは自力で行ける。それでも、JR駅から便数の少ないバスに乗換えなので、観光バスで連れていってもらえるのは楽だ。

 でも
、時間不足を実感。個人訪問なら宝物殿に入って、国宝を見たのだが。宇佐神宮は、まだ来やすいので、個人で来てもよいかな。
 
 30分ほどで富貴寺に到着。

 下   石段を上り、山門を入ると阿弥陀堂(大堂)がある。平等院鳳凰堂、中尊寺金色堂と並ぶ日本三大阿弥陀堂といわれる。現存する九州最古の木造建築物で国宝。
 
 内部では住職から話を聞けた。阿弥陀仏の後の壁画と建物の外壁内側の壁画が国宝。撮影禁止。

 スマートフォンで創建当時の内部が見られるという。創建当時はとてもきらびやかだったようだ。

 阿弥陀堂の裏手の階段を上がったところの奥の院へ。岩をくりぬいて造ったもの。

 本堂は工事中だった。
 
 阿弥陀堂のまわりには石仏や石碑がたくさんあった。
 
 富貴寺のすぐ前の「榧の木」で昼食。バスの中でガイドさんが希望をとり、代金は店で直接払う仕組み。

 下   田舎定食。団子汁かそばか選べ、団子汁にした。ヘルシーな野菜料理だ。
 
 
 店内。
真木大堂、熊野摩崖仏、両子寺、ねぎしゃぶ
 30分ほど移動し,真木大堂へ。国東半島の仏教は六郷満山という仏教文化を生んだが、その中心となったのが真木大堂。

 六郷満山で最大の寺だった真木大堂は昭和40年代に収蔵庫に仏像が移された。
 
 収蔵庫で参拝。本尊の阿弥陀如来のほか、以前は旧本堂にあった仏像が移されている。内部は撮影禁止。
 
 江戸時代につくられた旧本堂。
 
 旧本堂ができる以前の話もでてきいていて、元寇のさいには、ここで異国降伏の大祈祷がおこなわれた。それで、朝廷より菊花の紋章が贈られたとのこと。探してみたが、紋章はよくわからなかった。弘安8年は、弘安の役の弘安だから、元寇時の紋章が江戸時代の建築時にも受け継がれたことになる。
 
 旧本堂の奥には石仏や石碑が多くあった。
 
 10分ほど移動し、熊野摩崖仏へ。最初は緩い山道。
 
 次第に歩きにくい山道になった。手すりがついているので、何とか上がれるが、下りられるのか。
 
 摩崖仏のあるところは工事中で見えなくなっていた。その写真は取り忘れた。

 階段はまだ続いて、一番上まで上ると熊野社があり、参拝。
 
 本殿は崖にへばりつくように建っている。ここも石仏や石碑が見られた。
 
 手水鉢は凍っていた。

 このあと、手すりをもって慎重に岩の山道を下山。
 
 
 上   30分ほど乗車し、両子寺へ。

 参道には仁王像がある。仁王門の中の仁王像はよく見るが、野ざらしの石造の仁王像は珍しい。

 左   仁王像を撮影した自分の背後側には赤い太鼓橋。
 
 本堂。工事のため仏像などは、ここの左手にあるプレハブの仮本堂に移されている。

 右真中付近などに雪がある。雪を見るとは思わなかった。
 
 プレハブの仮本堂。ここで住職の話を聞いた。仏像が本堂から移設されているが、やや興覚めな感じだった。
 
 絵馬。紅葉がきれいな寺のようだ。

 15時30分、退去。バスで1時間30分かけて大分に戻る。
 
 17時に大分駅着。宿に戻り、2時間ほど休憩。
 
 「鉄板バル 葱屋」へ。
 
 店内。
 生ビール。
 
 1人ねぎしゃぶ。
 
 できあがったねぎしゃぶ。

 下   宇佐長洲乾麺。〆にいただいたが、こしがあり美味しかった。
 

 

 1日目 東九州のトップ 全体のトップ 3日目