| 4日目 豊 橋 |
| 豊橋中心部 |
ラウンジで朝食。この日は、カレー食パンをいただいた。これもCoCo壱ベーカリー製。 |
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上 この日は豊橋に向かう。9時8分発の「こだま」乗車。左 自由席に乗車。新幹線や特急で自由席というのは久しぶりだ。また「こだま」に乗るのも久しぶり。 |
行先表示。下 9時41分、豊橋着。 |
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豊橋駅舎。ここは2階。この下にバス停などがある。 |
駅前電停より豊橋鉄道市内線の路面電車に乗車。 |
車内。前乗り、中降り。最近は珍しい。出口のそばに補助席のような座席があった。あとで追加したのかな。 市役所前で下車。 |
豊橋市公会堂。1931年竣工。豊橋空襲でも残った。現在も現役で使われている。 階段を上り、入ってみたがこの日は貸切使用ということで、追い出されてしまった(笑)。 |
豊橋公園の入口。かつては吉田城内だったところだが、明治以降は歩兵連隊になっていた。左端が出入りを見張っていた立哨の詰め所跡。 |
豊橋ハリストス正教会。大正時代の竣工で、空襲を生き延びた。閉まっていた。礼拝時には、一般人でも入堂できるらしい。 |
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上 豊橋市美術博物館。左 博物部門では「吉田藩誕生」という特別展が行われていた。豊橋はかつて吉田藩の中心で、初めてこの藩のことを知った。撮影は禁止だった。 |
博物部門の常設展は無料。写真は、狸塚の復原。こんなに貝殻が多く出るのか。常設展は撮影可。 |
美術部門では、コレクション展として、豊橋出身の永井繁男の展示が行われていた。風景画を描く画家のようだ。撮影は禁止。 |
鉄櫓(くろがねやぐら)。吉田城には天守はなく、隅櫓の1つ鉄櫓が天守の代わりをしていたというが、明治維新で取り壊された。1954年に再建された。 |
櫓内の展示。これは本丸の復元模型。 |
本丸。もとは本丸御殿があったが、火災の後、再建されなかったという。下左 豊橋市役所。13階に展示と展望室がある。 下右 手筒花火。手で持って、花火を打ち出す。怖そうだ。 |
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上 展望室から豊橋駅の方向を見る。左 路面電車に駅前の1つ手前の大通りまで乗車。 あんかけパスタ発祥の店とも言われる「スパゲッ亭 チャオ」へ。 階段で2階に上がる店で、1階には階段があるだけなので、少し探した。 |
店内。番号札をとり、数分待った。昭和の喫茶店のような印象。 下 日替わり。 最初は、"あんかけスパ"を注文するつもりだったが、ナポリタンとかペペロンチーノ、和風スパなどを除いて、すべて"あんかけスパ"で、いろいろなメニューがあることが判明。安かった日替わりにした。 あんかけ、とはいっても、和風じゃなく、トマトや各種野菜を香辛料とともに煮詰めたものだ。 |
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ほとんどのメニューに、野菜サラダと飲物がつくようだ。飲物はアイスコーヒーにした。 |
| のんほいパーク |
浜松行き普通に乗車し、1駅だけ移動。 |
1駅だが、7km、6分乗車し、二川着。 |
二川駅南口。 |
10分ほどで、豊橋市動植物公園"のんほいパーク"に到着。 |
レッサーパンダ舎をめざしたが、途中、大温室があり、入っていこうとした。ところが、閉鎖中。それも、10月1日、この日からだった。小温室だけ見ていくことにした。 |
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上左 サガリバナ。夜に咲くので、細長く垂れ下がっている部分に夜は花が見られる。上右 アンスリウム。赤い部分は花ではなく、がくにあたる仏炎苞。 左 ベニヒモノキ。パプアニューギニア原産。 |
ムッサエンダ。ピンクの部分はがくだという。見にくいが、よく見ると、小さな花が咲いている。 |
とても広い園内を歩き、レッサーパンダ舎に到着。笹を食べているところ。 |
レッサーパンダ舎は外にもあったが、暑さに弱いレッサーは主に冷房のきいた室内にいたので、涼しく観察することができた。 |
こちらは外で遊ぶレッサー。 |
ペンギンも暑さでまいっている様子。あまり動いていない。 |
閉園時間が近づき退園。二川から豊橋へ。 |
豊橋17時8分発「こだま735」自由席に乗車。17時37分、名古屋着。 |
| 味噌煮込みうどん |
名古屋駅地下で夕食を食べてから宿に戻る。味噌煮込みうどんの「山本屋本店」へ。 |
店内。 |
生ビール。味噌煮込みうどんを注文するとついてくる漬物をつまみにした。 |
"4種きのこ"が店の推しであったので、"4種きのこ"を注文。 |
"4種きのこ"をいただく。4種とは、えのき、なめたけ、えのき、しめじだった。味噌煮込みは2回目で、前回は生のうどんみたいで固くて、あまりおいしくないと思ったのだが、今回は、それはそれで、そこそこいけるなと感じ方が変わった。 |
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