3日目  馬 籠・妻 籠
馬 籠
 ラウンジで朝食。この日は、キューブ型のカレーパンを食べてみた。
 カレーパンを切ったところ。黄色のはタイ・イエロー、黒いのはキーマ。どちらも辛口だが、スパイスの配合は違う。

 製造は、CoCo壱番屋の手がけるパン屋であるCoCo壱ベーカリーだという。

 CoCo壱ベーカリーは名古屋駅地下街と一宮駅そばで出店している。

 
 
 9時発、特急「しなの5」に乗車。

 この日は、有名な宿場町である馬籠と妻籠へ行く。
 
 「しなの」は2ヶ月前に松本まで乗って以来。今回は中津川で下車する。
 
 車内。
 
 9時49分、中津川着。

 馬籠行きの北恵那交通バスは9時55分発と接続がよすぎる。駅を出て、バスを探し、何とか乗りこめた。でも、駅舎の写真を撮る余裕はなかった。
 
 乗車時に800円(キャッシュオンリー)と引き換えに渡された切符。英語が多いが、実際、乗客の大部分は外国人だった。

 ぎりぎり着席できた。自分の後も客が乗り、立ち客多数で出発。
 
 10時20分、馬籠到着。妻籠行きのバスも同じバス停と確認。

 下   バス停からは農村らしい風景が広がっている。

 
 
 馬籠宿は坂道の両側に昔は宿で、今は土産物店や飲食店になっている古そうな建物が並ぶ。この道は旧中山道。

 坂道の宿場町は初体験でびっくりした。

 バス停は宿場町の一番下にあり、一番上まで歩いた。
 
 水車が動いていた。
 
 水車のところが、道が直角に曲がる桝形になっている。城の入口にも、直角に曲がる桝形があり、敵の侵入から守るようになっている。宿場町にも、桝形を作るという命令があったという。
 
 清水屋資料館。江戸時代の物品や藤村関係のものなどが公開されているとのことだが、行った時には閉まっていた。

 下   右は、槌馬屋資料館。表は土産物と菓子の商店で、奥と2階が資料館。
 
 この店の奥が資料館。栗ふくという菓子を焼いて撃っているので、あとでいただこう。
 
 2階から1階をのぞけるようになっている。2階には藤村関係の資料などがあった。

 下   栗ふく。

 栗きんとんをいれた饅頭。
 
 
 馬籠郵便局。手前は休憩所のような建物で、後ろの白いところが局舎。
 営業時間が特異で、4〜11月の観光シーズンは、土日祝10〜16時、平日9〜12時営業。12〜3月は平日9〜12時、土日祝休業。
 
 藤村記念館。なんだか関所みたいな入口でびっくりした。

 中に入って、説明を読んでわかった。ここは馬籠宿の本陣で、島崎家はその管理を代々していたのだ。藤村にとっては、もと本陣が生家だったのだ。
 
 横長の建物が展示施設の1つ。

 明治時代に本陣は火災で焼けてほとんど残っておらず、近年の建築。建物内は撮影禁止だった。
 離れだけは火災を逃れて残っている。ここが藤村の勉強部屋だったようだ。
 脇本陣史料館。閉まっていた。
 
 やってきた道をふりかえる。
 
 立っている人のあたりで宿場は終わりで、宿場の入口にあたるここに高札場がある。右手の建物が昼食をとったそば屋。
 
 高札場のさらに少し上に展望台があり、眺めがいい。
 
 越県合併記念碑。

 2005(平成17)年、長野県山口村は岐阜県中津川市に編入された。その記念碑。
 
 旧中山道はさらに峠に向かって上がっていく。そして、妻籠宿に至る。
 
 馬籠宿の最上部にあるそば屋「上但馬屋」で昼食。
 
 店内。
 
 ざるそばを注文。ざるが2枚、2段重ねででてきた。
 
 2段重ねを1段にしたところ。

 大盛りを註文していたお客がいたのだが、3段重ねで出された。
 
 とても美味しいそばだった。
 そば湯も濃くて美味しかった。
 
 きた道を下っていった。

 馬籠宿の最上部、食事したそば屋の近くにバス停があり、そこから妻籠に行けたのだが、このときは気づかなかった。
妻 籠
 13時25分馬籠発、おんたけ交通のバス。南木曾駅行きだが、妻籠で下車する予定だ。

 出発してすぐに、先ほど行った、宿場の一番上の付近のバス停に止まった。ここから乗ってもよかったと思った。
 
 とても古いタイプの座席のバスだった。

 乗車は5,6人。客が少ないのに驚いた。バス利用で、馬籠から妻籠に行こうとすれば、このバスに乗らないとうまくコースが組めないはずだ。中津川から馬籠にきた多数の客は中津川に戻るのだろうか。
 
 馬籠では観光時間が3時間あり、宿場町を往復し、昼食をとる時間があった。妻籠は観光時間は1時間30分ほどで、宿場町を往復できるか心配だった。

 計画では妻籠のバス停から妻籠宿の反対側の端まで行って引き返すつもりだった。スマートフォンの地図アプリを見ていると、妻籠の1つ手前のバス停が、反対側の端の近くのようだった、ドライバーに確認すると、その通りだったので、1つ手前の「尾又橋」で下車した。13時50分。
 
 
 上   尾又橋。高札風の看板には「通行人は右の橋を渡るべし」とある。

 左   栗をいがくりのまま売っていた。
 
 妻籠宿に入る。昔は宿だったような建物が続く。馬籠に比べると、土産物屋や飲食店の割合が少ない。
 
 昔の宿屋である「上嵯峨屋」。
 
 いろり部屋などは共同スペースだったのだろうな。
 
 客の泊まる大部屋なんだろう。ここで雑魚寝をしていたのかな。
 
 坂道にあった馬籠宿と違って、妻籠宿は山間部とはいえ、平なところにある。
 
 菓子店「澤田屋」。何か食べようと入店した。

 下   「柿と栗」を1個ばら売りしてもらった。干し柿の中に栗きんとんが入っている。
 
 
 「嵯峨屋」でも、昔の宿屋の見学ができた。内部は先ほどの宿屋と似ているので写真省略。
 
 妻籠郵便局。昔風の建築で、周囲に合わせている。

 ポストは昔のポストの形をしているが、現役のポスト。

 中には簡単な資料館があって、見ていった。
 
 妻籠宿の本陣。

 こちらは島崎家の分家が住み、管理をしていたという。馬籠は島崎家の本家だったし、びっくり。

 下左   中に入ると人の気配がない。

 下右   本日臨時休館だった。残念。
 
 
 
 
 脇本陣奥谷。

 脇本陣は、大名や公家が本陣に泊まれないときなどに利用した宿。

 下   脇本陣の座敷。奥谷家は、酒造業も営んでいたとのこと。

 
 
 
 南木曽町歴史博物館。

 脇本陣と一体になっていて、脇本陣を見た後に入館。
 
 和宮(孝明天皇の妹)が将軍・家茂に嫁いださい、行列は大井川の渡しを避けるため中山道を経由した。車付きの長持を置いていったらしい。中のものを使ったあとなので、重いため置いていったという説がある。
 
 
 上  妻籠宿の模型。左下に本陣、真中に脇本陣がある。

 左  満州への移民の展示。

 満州の開拓のための移民は南信州で特に多かったという。知らなかった。
 
 平なので馬籠より歩きやすい。バス停に向かった。
 
 バス停に到着。やってきたとき1つ前で下りて正解だった。往復するだけなら1時間で十分だが、見学を入れると無理。

 でも、客の列が半端ない。1つ前のバス停から乗車した客もいるようで、結局、南木曽駅まで立っていた。15時26分発。

 妻籠に来る客は南木曽から往復する客が多いのだろうか。馬籠は中津川から往復する客が多そうだったし、自分のような馬籠と妻籠の両方に行くのは少数派みたいだ。
 
 15時35分、南木曽駅着。

 南木曽は特急停車駅なのに指定券は販売していない。長い行列ができていたが、自由席を販売しているのだろうか。
 
 15時55分発、名古屋行き「しなの16」。

 「しなの」は両端車両のスタイルが違う。
 
 行先表示。

 17時7分、名古屋着。
味噌かつ
 少し早めだが、名古屋駅の地下街で夕食を食べてから宿に戻ることにした。

 味噌かつをいただこうと「矢場とん」へ。
 
 のれん越しに店内が見える。カウンターだけの店だ。

 のれんにある「わらじとんかつ」をいただこう。

 並ばずに入店できた。
 
 生ビール。

 ジョッキのデザインの相撲姿の豚がかわいい。
 
 わらじとんかつ定食。

 超大型のとんかつ。真中で2つに分け、さらに細かく切ってある、上半分はみそたれを席でかけてくれた。下半分はソース。
 
 ご飯中盛り、れんこん小鉢、味噌汁。

 下左   キャベツはおかわり無料ということで、おかわりをいただいた。

 下右   相撲のまわしのデザインの紙エプロン。
 
 
 


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