2日目後半  南 丫 島 ・ 赤 柱

 

  中環のフェリーターミナルに戻ってすぐに、同じターミナル内にある、南丫島行きの乗場に向かう。

  南丫島の「丫」は漢字であり、アルファベットの「Y」ではない。だが、見た目には違いはほとんどなく、自分も「Y」だと思っていた。今までは、香港の離島にも関心がなかったので、読み方も「ラムア」島あるいは「ラマ」島と読むことも今回の旅までは知らなかった。

  この島は、香港島の東南側の比較的、香港島に近いところにある。また、香港のなかでは、ランタオ島、香港島についで大きい島だ。近い割りに、午前中に行った長洲島よりも、人口は少なく、亜熱帯性の森林が広く残されているということで、今回の島の旅の中で、一番期待していた島だ。 

  南丫島には、2つの港がある。島の北西部にある、榕樹湾(ヨンシーワン)、島の中東部にある、索罟湾(ソックワン)の2つだ。

  南丫島で最大の集落は、榕樹湾にあり、海水浴場も榕樹湾から1kmほどのところにある。一方、索罟湾の集落は、海鮮料理店を中心としたもので、民家は多くない。

  フェリーも、榕樹湾行きは30分間隔程度、索罟湾行きは60分間隔程度であった。このときは、12時45分発の榕樹湾行きを見送って、13時10分発の索罟湾行きに乗船した。

  榕樹湾行き、索罟湾行きともに、日曜日は平日(土曜日を含む)よりも運賃が高い。榕樹湾行きは普通船と快速船の両方、索罟湾行きは快速船だけが運航している。日曜日の快速船が、平日の普通船の倍程度の運賃だ。右は、乗船した索罟湾行きの快速船(ホバークラフト)。

  さて、索罟湾行きに乗船した理由は、索罟湾で海鮮料理を食べたかったのと、榕樹湾から出ている香港仔行きのフェリーで香港島に帰りたかったからだ。

  

  25分で索罟湾に到着。すでにかなりお腹をすかせていたので、船を降りるとすぐに、海鮮料理店に入った。

 

 

 

 

  港に一番近い、天虹海鮮酒家。水上家屋風の建物での営業だ。風雨のときはどうなるのか心配だが、この日はいたってよい天候。

  

  カニのねぎとしょうが炒め。

 

 

 

 

 

  エビのバター炒め。2品で、サービス料込みHK$247(約3952円)と少々、贅沢してしまった。たまには、いいか。  

  予定外の散財だったが、素材の味を生かした料理で、まぁ満足。

  店を出て200mほど歩くと、すぐに集落の端。索罟湾の集落は、左のような道が200mほど続くだけだった。

  少し歩くと、天后廟。

 

 

 

  ここから、島の南東部を一周するハイキングコースも分岐していたが、一周2時間ほどかかるようので、こちらはあきらめる。

  このまま、榕樹湾方面へのハイキングコースを進んだ。案内図によると、2つの湾の間は1時間30分かかるということだ。

  このハイキングコースは、3つの部分に分かれているといってよい。まず、索罟湾から尾根に出るまで。この区間は、亜熱帯性の森林が残っていて、南国ムードが味わえる。自生のバナナなども見られる。

 

 

 

 

  海がよく見えるところから、索罟湾を見ると、水上家屋があるではないか。前日、ランタオ島で見た沿岸に建っているものと違い、こちらは、完全に海の上に建っていて、壮観。

  少し歩くと、道路に沿って洞窟がいくつか並んでいた。

  案内板を見ると、これらの洞窟は「カミカゼケーブ」といい、かつて日本軍が香港を占領したときに、海軍の特攻艇が格納されていたということだ。

  特攻艇といっても、普通のモーターボートに爆弾を積んだもので、英国艦の香港島上陸を阻止するため、香港島から離れたこの島で保管されたようだ。

  しだいに高度を上げていく。見晴らしのよいところから、索罟湾を眺める。海岸に並ぶ海鮮料理店を中心にした集落。

  海上には、水上家屋群。ただし、人が常住している家屋もあれば、魚の生簀とその監視小屋だけのようなところもある。

  さらに高度を上げ、少し苦しくなってきたと思った頃、いきなり西側の海岸を高いところから望む道になった。ここからが、2つ目の部分。

  しばらく、尾根道を歩くのかと思っていたので、東から西にでたので驚いた。高いところからの眺めはとてもよい。

  とはいえ、少々興ざめだったのが、でーんと構えている火力発電所。広大な埋立地と3本の高い煙突は、自然豊かな南丫島には不釣合いだ。

 

 

 

  ついでに、発電所つながりで言うと、この島には風力発電所があり、その近くへ行くハイキングコースもあるようだ。

  左は、榕樹湾に下りてから撮影した、巨大な風車。

  やがて、下り道になり、海抜高度ゼロになったところに海水浴場がある。

  ここからが3つめの部分だ。

  ビーチはとてもきれいで、翌日、レパルスベイの名で知られる浅水湾にも行ったが、こちらのほうが、規模は小さいが、砂浜、風景ともよかったと思う。

  それだけに、ビーチからも近い火力発電所が目障りである。

  左は、民家の中庭に見えた、熟する前の青いマンゴー。

  右は、榕樹湾の集落に近づいてきたあたりの光景。赤い花は何だろうか。

  榕樹湾の集落。南丫島のエリアでは一番賑やかなところだ。

 

 

 

 

 

  右は、榕樹湾。ここから香港仔行きのフェリーに乗船。

  香港仔は、以前は、水上生活をする人たちが多く、家屋を兼ねた船が港を埋めていたという。

  現在では、水上生活者は姿を消し、代わりに多くの高層住宅が林立している。

  とはいえ、港の中に数多くの船が停泊しているという状況は今もみられる。

  フェリーは、停泊している船の間をゆっくりと進むので、港に入ってから、着岸まで、かなり時間を要した。

  香港仔(ホンコンジャイ 英名 アバディーン)の繁華街。

  港からバスターミナルまで歩く途中に繁華街があった。地元客中心の繁華街といった感じである。

 

 

 

 

 

  繁華街を少しはずれると、高層住宅ばかりだ。

  バスターミナルから赤柱(チェチュウ 英名 スタンレー)行きバスに乗車。赤柱行きのバスといっても、観光客が行く赤柱広場は終点ではない。

  浅水湾をすぎて、しばらく下りる場所を間違わないように注意していた。下車したのは、赤柱広場そばのバスターミナル。

  赤柱広場付近はきれいに再開発されている。広場といっても、文字通りの広場ではなく、赤柱広場とはショッピングビルの名前だ。

  右の画像は、そのビル内から撮影した美利楼。これは、かつて中環にあった香港政府の建物。香港最古の建物と言われる。1982年に解体、2000年に移築された。  

  左は、美利楼そばから撮影した赤柱広場。

  ビルの最上部にバスターミナルが併設されている。

  このエリアは、翌日に訪問した浅水湾とともに欧米系の外国人密度が非常に高いようだ。

  観光客ではなく、現地に居住する外国人の住居が多いのだろう。

  そのかわり、香港臭さを感じさせるようなものはない。  

  右は、美利楼そばから赤柱の中心部方面を撮影したもの。

  海岸沿いのメインストリートを歩いて、赤柱の中心部に向かった。

  歩いているうちにあたりは暗くなり、お腹もすいていたので、レストランを探した。が、、このエリアのレストランは、軒並み、西洋料理店やファストフード店ばかり。中華風のレストランがなかなか見つからなかった。

  ようやく見つけた中華風のレストランで、シーフードと豆腐の炊き合わせを注文。

  実は、料理名に「海鮮」と「鍋」という漢字が混じっていたので、「海鮮鍋」を連想していたのだ。だから、この料理が運ばれてきたときには、判断ミスをしたことを後悔。

  皿にのせて出してもよいような料理が土鍋で炊かれて、そのまま出されてきたようだ。でも、味は悪くはない。ご飯も注文したが、豆腐を少し残した。HK$61(約976円)。

  食事が済むと、すでに8時。帰りのバスが少々心配になって、このあと予定していた赤柱の散策は取りやめて、バスターミナルから湾仔に向かった。

  30分ほど乗車して、湾仔の路面電車の走る道路に出た。そこでバスを下りて、路面電車に乗り換え。

  路面電車の2階から、夜の香港の繁華街を楽しみながら、ホテルのある西営盤へと向かった。2つの島をめぐったこの日も無事に終了。

 

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