2日目 ジャカルタをジャランジャラン
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この日は1日、ジャカルタの街歩きの予定。なるべく早くに出かけたいと思い、7時に朝食。チェックアウトの際に支払うつもりだっったが、食後にボーイが部屋まで請求にやってきた。
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無数にあるタクシーのうちで評判のいいブルーバードとシルバーバードってもなかな見つからないのでは? と思っていた。実際にはあまり心配いらなかった。 中級以上のホテルでは、玄関付近にたいていブルーバードが待機しているからだ。それに、全タクシーのうちで、1割くらいはブルーバードで、ブルーバードはたくさん走っているのだ。 でも、この日は土地勘をつかむため、まずガンビル駅に歩いて行った。 |
30分ほど歩いてガンビル駅にやってきた。 ジャカルタからバンドゥンへは鉄道を利用したが、当日、切符売場が混雑していれば困ると思い、ジャカルタ観光をした日、つまり鉄道に乗る前日に、出発駅であるガンビル駅に切符を買いに行ったのだ。 |
ガンビル駅はジャカルタのメインの駅なのだが、ターミナル型ではなく普通の通過駅です。周辺は高架になっている。
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右上の図のような駅なのだ。あとで表口のまん前も鉄柵があるのがわかった。歩いて入る場合も、車の場合の入口や出口から出入りしなくちゃならないのだ。
右上は、ガンビル駅の表口。この画像の右手に、売店の集まっている平屋の建物があり、その右手は鉄柵だ。鉄柵を越えると、モナスだが、モナスには直接には入れないようになっている。
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切符を買った後、イスティクラル・モスクへ。 東南アジア最大のモスクだ。ドームやミナレットがなければ(やや目立たない)モスクとは想像できない建築だ。 建物の中には、信者以外は入れない。 |
モスクと幹線道路を挟んで、カテドラルがあるので行った。 日曜礼拝の始まるまで、入場できる時刻を並んで待つ人たち。 この国でイスラムの次に信者が多いのはカトリックだ。 |
つぎにモナスへ。独立記念塔だ。 左は、少しだけすき間をあけた入口。大きな荷物を持った人は苦労していた。
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そのあと建物の外に出てタワーの上に向かったが、、、、
何とスゴイ列。結局1時間並んだ。小さなエレベータがフル稼働していたが、さばきけれないようだ。
屋上はさほど広くなく、かなり古いうえ、土産物の売店もあったりして通天閣の展望台のような雰囲気だった。 まだ土地勘がないうちにやってきたので、案内板を見てもあまり実感がわかなかった。確かにこの街がとてつもない広がりを持っているということはわかった。 |
モナスのあとは、大統領官邸のあるモナス北側の道路を歩いて国立博物館に向かった。 その途中、車列が官邸へ。大統領自身か訪問してきた要人なのだろう。 |
モナスの東側にある国立博物館に到着。ガイドブックには入場料750ルピーに、カメラ使用料3000ルピーとあったのだが、カメラ撮影は禁止になったようで、カメラ券は売ってもらえず。また、750ルピーのおつりももらえず、1000ルピー支払った。まぁ、250ルピーは、約2.5円だが。 ジャワ原人のレプリカなどが興味深かったが、撮影はできなかった。
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ジャカルタは1000万都市ながら、地下鉄がない。 主な輸送機関はバス。バスのうちでも、近年新しく登場したのが、バスウェイという"鉄道的バス"だ。 |
バスウェイは原則として専用レーンを走る。だから、多少道路が混んでいてもスイスイ走る。(郊外では一般道路を走るので、また中心部でも混雑時には専用レーンが無視されて渋滞に巻き込まれる例があり、それも経験した。)1回あたり3500ルピア(約35円)。 カード式のきっぷを買って、自動改札機に入れてバーを押して停留所内に入る。停留所には、カードを買うところのほか、紙のきっぷを買うところもあった。その場合、自動改札機かわりに係員がいる。 |
左上は、停留所でバスウェイに乗る乗車口。停留所の乗車口にあわせて、バスの出入口があうように停車する。停留所とバスの間のすき間が広い場合もあり、バスウェイの車掌が手助けしてくれる。バスウェイは車内できっぷやお金を取り扱う必要はないのだが、このために車掌が乗務している。
車内は普通のバスとほとんど変わらないが、普通のバスにはこんなに新しいバスはほとんどない。 |
バスウェイの1号線の終点、コタで下車。このあとはコタ地区の街歩きをした。 コタ地区は、オランダ統治時代の建物も残っている。
ファタヒラ広場に面して建つジャカルタ歴史博物館に入った。オランダ時代の家具などが展示されている。 |
バルコニーから見たファタヒラ広場。ここがオランダ時代の中心で、今も地元客がたくさん集まってきていた。 広場では大道芸人による奇術も行われていた。
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この日行った中で一番良かったところはカフェ・バタビア。ファタヒラ広場の北西の隅に建っている。 オランダ統治時代であった19世紀のはじめの建築。 よろい扉が2階の窓についているのが特徴。でも、今は飾りのようなもので、エアコンがはいているから、実用的には意味がない。オランダ国旗が掲げれているのもわかる。 1階では生演奏をしていた。
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2階にあがるところには有名人の写真が飾られていた。 |
2階は窓が一面しめていて明るい。ここで昼食。 ビールは、カールスバーグの生。 料理は、西洋料理が中心だったが、中華も点心ならあるし、地元料理も少しあった。結局、点心を2品とることにした。 下左 小籠包 ジャカルタの中華もよかった。 |
このあと、さらにコタ地区を散策。 上左 屋台も多い。 上右 オランダ風の建物と熱帯の樹木がマッチしている。 そして、跳ね橋。この跳ね橋は、ジャカルタの街で見た自分の気に入った風景だ。 |
コタ地区の最後は、パサール・イカン。イカンは魚で、しかも港のそばなので、魚ばかり売っているものと思っていた。 実際にはいろいろなものを売る店がならんでした。 このころ、小雨だった雨が勢いよく降ってき田うえ、かなり歩き疲れてきて、歩きづらくなってきた。それで、チャイナタウンへはタクシーで向かうことにしたが、、、ブルーバードだと思ってとめたタクシーは、ブルーだけれども他社のタクシー。2kmほどだったが緊張した。 |
チャイナタウンに到着し、歩きだしたが、ちょっと変な感じがする。 インドネシアでは、漢字の看板は禁止されている。だから、パッと見ただけでは、チャイナタウンなのかどううかよくわからないのだ。 よく見たら、中華風のものが売られていたり、目立たないように漢字が書かれていたりしてチャイナタウンだということがわかる。
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コタ駅に戻ってきた。 右 コタ駅。手前にはバイク軍団。バイクの数がおびただしい。 下左 コタ駅のコンコース。 下右 コタ駅はターミナル型になっている。しかし、この駅から出発する長距離列車は少なく、中心駅の機能はガンビル駅が持っている。 これから乗車するボゴール行きの通勤電車はコタ駅から出発する。 |
上左 乗車した元東急の車両。 上右 その車内。新聞はじめモノ売りが乗り込んでくる。
左、上 車内には日本で使っていたときのままの表示も残されている。
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ホテル近くのゴンダンディア駅まで乗車。 歩いてホテルに戻り少し休憩してから、夕食に出かけた。 行ったのは、サテ・カス・スナヤン。 地元客向けのファミリーレストランって感じの店であった。 店名に「サテ」が入っているように、サテをメインにしたレストランだ。 |
上左 サテ・アヤム 上右 トーフ・テラー インドネシア風のあげ豆腐と野菜の和え物 少々、足らなかったのでデザートも。 左 エス・チェンドル・ドリアン ダンゴの細かいものをココナツミルクに入れたものに、ドリアンを少し浮かべたもの。ドリアンの臭いが漂う。 このあとホテルでシャワーを浴びて、1日を終えた。 |
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