8日目  マ カ ッ サ ル の 一 日

 

 

マカッサルの朝食はチョト・マカッサル
 ランテパオからの夜行バスはマカッサルの空港に立ち寄り、空港利用客を降ろして、終点に向う。スマートホンの地図で位置を注視していたら、旧市街地に近づいてきて、ある地点から旧市街地から遠ざかるようになった。バス会社ごとにあるターミナルを目指しているのだろう。遠ざかり始めた地点で下車するのが一番よかったのだが、下りそびれてしまい、少し遠ざかった地点で下車した。6時30分。10時間の乗車だった。

 下車地点の近くで、道路を横断し、市の中心の方面に向かう水色のペテペテに乗車した。ペテペテの経路は不明だが、たぶん市の中心の方面を目指すだろうと予想しての行動だった。
 ペテペテにスーツケースを運び込むのはなかなか難しい。開け放して走っているペテペテの入口近くに座っていた客が席を代わってくれて助かった。車内では、スマートホンの地図で位置を確認しながら、予約しているホテルに最も近い地点で下車しようと試みた。15分ほど乗車して、ホテルから1kmほど離れたところで下車した。ほかの客の払う運賃を見ていて、3000ルピア(25円)を渡した。

 下車後は、ホテルに向った。道路はややこしくて、途中、間違えたりもしながら、30分ほど歩いて7時30分ごろレジェンダ・ペリル・ホテルに到着した。

 すぐにチェックインできるとは思っていなかったが、午後からとか言われず、9時ごろに来るようにとのことで、荷物を預かってもらい、朝食に出かけた。

 
 
 
 朝食のために向ったのは、チョト・マカッサルの店、チョト・ヌサンタラ。

 チョト(COTO)とはスープのことで、チョト・マカッサルは、マカッサル名物のスープのようだが、牛肉と牛の内臓を使っているのが特徴だ。マカッサル中のいろいろな食堂で食することができるが、一番有名な店が、このチョト・ヌサンタラだ。海岸近くのヌサンタラ通りに面しているので、チョト・ヌサンタラという店名になったのだろう。

 
 
 上左  店頭で調理を行っている。スープの湯気がもうもうと上がる横で、店員が内臓を刻んでいる。

 上右  店内。人気店だけあって、大混雑。相席が必須だ。

 左  メニューはチョト・マカッサルだけだが、牛肉だけのものか、肉と内臓のミックスかを選べる。内臓のミックスは、チャンプルーと言えばよい。チャンプルーを頼んだ。この店では、無料の飲物として冷たい茶がついていた。茶はお代わり自由。

 様々な内臓が煮込まれているが、比較的あっさりしている。テーブルに置かれてるレモンをしぼって入れる。
 
 クトゥパ。米をやしの葉を編んで作った袋に入れて、ココナッツミルクを加えて蒸したもの。スープとともにに食べる。

 下左  やしの葉をむいた状態。おにぎりのように見えるが、かなり硬くて、焼きたらない餅のような感じだ。

 下右  薬味は頼めば、無料で追加を運んでくれた。左はネギ、右は玉ねぎを揚げたもの。

 
 
 
 ちょっとものたりないと思っていたら、相席の人が2杯目をたのんでいた。そこで、自分も頼んでみることにした。2杯目はビーフにしてみた。

 スープの味は同じだが、いろいろな具を楽しめるチャンプルに軍配かな。

 チョト・マカッサル2杯とクトゥパ2個で30000ルピア(250円)であった。
 
 チョト・ヌサンタラの店員たち。
 チョト・ヌサンタラを出たあと、ホテル近くまで戻ったが、まだ8時30分。部屋には入れなさそうに思ったので、少し街歩きした。

 向ったのは、マンダラモニュメント。マカッサルでは最も高い塔であるが、これといった特徴といえるものはなく、内部にも入れないし、由来を記したものもない。ただ見るだけで、ベンチで少し休憩して、写真をとってホテルに戻ることにした。

 マカッサルは、16世紀ころにはポルトガル人との交易が盛んであったが、17世紀にオランダ支配下に入った。独立後、1971年にウジュンパンダンと改名されたが、1999年に再びマカッサルに戻された。しかし、マカッサル空港の3レターコードは、現在でもUPGである。バリ島よりも東のインドネシアでは最大の都市で、インドネシア東部の中心都市といえる。空港は、ジャカルタ・スカルノハッタ、スラバヤ、デンパサール、メダンと並び、インドネシアの5大空港のひとつとされている。
マカッサル街歩き
 ホテルに戻ったのは10時前。すぐに部屋に入れた。

 ランテパオは高原にあって、涼しく、ホテルの部屋にエアコンがなくても過ごせたのだが、マカッサルは標高0mで猛烈な暑さである。エアコンを最低温度まで下げてガンガン使った。

 部屋で、Wifiが通じるか点検して、しばらくネットを楽しんだ後、一休みすることにした。3時間くらい眠り、起きたのは15時ころであった。少し遅くなったが、街歩きに出かけることにした。
 
 
  上左  この旅行でよく飲んだジュース。コカコーラ社のジュースで何種類かの味がある。8000〜10000ルピア程度。

 上右  ホテル近くのロータリーにあった記念碑。何なのかは不明。

 左  ロータリーを南に行くとココヤシだけを売っている店が何軒か並んでいた。ココヤシの量は、今まで見たことがない多さで圧巻であった。
 
 
 
 
  上左  マカッサル最大の観光地といえるロッテルダム要塞に到着。その入口。

 上右  要塞の城壁に上り、壁を撮影。あまり高くない感じ。

 左  要塞の内部。昔からあった砦をオランダが改修して利用したので、オランダのロッテルダムの名がついている。

 内部の建物もオランダ風の建築になっている。建物の中にはほとんど入れない。博物館が開いていたが、うす暗く、ほとんどだれも入っていなかったようで入館しなかった。
  さらに南へと進むとロサリビーチに出る。海岸に沿って屋台が軒を連ねている。日が暮れっかかってきて、人出が増えてきたようだ。

 下左  CITY OF MAKASSARの色文字。日の入りがきれいな海岸らしいが、日没時刻であったものの、曇ってい日の入りはは見られなかった。

 下右  屋台のひとつで休憩。屋台の多くは、焼とうもろこしと焼バナナを出しているし、焼とうもろこしまたは焼バナナだけを売っている屋台も目立つ。
 
 
  焼バナナは「ピサン・エペ」というようだ。まず、バナナを押木で、薄くせんべい状にする。それでつぶれてしまわないので、硬いバナナなのだろう。薄くなったバナナを網の上で焼いている。焼き上がったバナナに黒蜜のシロップをかけ出来上がり。15000ルピア(125円)。
 
 モスクが海上に建てられている。Masjid Amirul Mukmininで、まだ新しい。

 持参した2010年のガイドブックにはこのモスクは掲載されておらず、同じ場所には海上の通路があって、そこには屋台街が連なっていることになっている。海上の屋台街がモスクになり、屋台街はビーチに沿ったところへと移転したのだろう。
 
  夕食場所を求めて歩いているうちに真っ暗になった。結局、ネットの口コミを見て、New Diner Seafoodという店にやってきた。

 下左  少し高級な雰囲気もある。客層は現地人が多かったが、進出している中国企業の職員らしい中国人のグループもいた。テーブル席と床上の席があり、サンダルを脱いで、床上の席に上がった。

 下右  ビンタンを飲んで、料理を待つ。
 
 
 
 上左  オタオタ。本数を告げて注文するようになっていて、大きさがわからず困ったが、3本を注文。笹の葉に包まれて運ばれてきた。

 上右  笹の葉を広げると、中から野菜が練りこまれた魚肉の練り物が現れた。焼かれていて熱い。日本の笹かまぼこは、笹の葉に似た形をしているから、その名があるようだが、オタオタは形は違うが、外観の色などは笹かまぼこのような感じだ。

 左  エビ料理。メニュー名はわからないが、ソースの中に溶き卵が入っている。ソースは甘かった。
 
 
  上左  居心地のよい店だったが、屋台風の店も試してみたくて、この店からは退去。最後にフルーツが出てきた。注文していないというとサービスだという。高級店ではたまにある。支払ったのは15万ルピア(1250円)程度で、高いとまでは言えない。

 上右  ロサリビーチまで戻った。屋台を見て回ったが、特に食べたものが見つからなかった。

 左  ホテルの方に向って歩くうち、ロッテルダム要塞の向かいあたりに半屋台風の食堂街を発見。そこでもう少し食べていくことにした。
 
 ナシゴレン。具はシーフードにしてもらった。特別美味しいというわけではなかったが、量は多くて、どうにか完食した。40000ルピア(340円)。

 下左  ホテルの近くまで戻って、さらにホテルより北の方に向った。ナイトマーケットを見るためだ。中華街にあり、「錫江夜市」の文字が見える。

 下右  タイのルークチンに似たものを発見。タイと同じく、大きなものも焼いている。試してみたかったが、すでに満腹だったので、食べられなかった。
 
 
 先ほど食べたばかりのオタオタも焼いて売られていた。

 ホテルに戻り、マカッサルでの1日を終えた。