1日目     

2005年4月、7ヶ月ぶりのソウルだ。JAL便で仁川空港に向かったが、何と機内食が廃止されていた。旅行記のトップは、まず機内食で、、というのが、当サイトの通例であったが、その原則も崩れてしまった。飲み物とおつまみのサービスで終わり。もっとも、朝食はしっかり食べてきているし、到着すれば昼食を食べるわけだし、廃止されても困ることはない。単に気持ちの上の問題だ。

到着後すぐに機体の前のほうに急ぎ、降りるのにいい位置を確保。先頭を歩いて入国審査場へ。しかし、ここでしばらく待たされる。日本のほかの空港から到着した便をはじめ、多くの便が到着する正午前後だったから。預け荷物がないからこのあとはスムーズに進む。両替をすると、1万円が9万ウォン台になっていて、少々寂しい気分になる。これまで、しばらくの間、1万円は10万ウォンと小銭少々という状態が続いていたものだから、、

仁川到着後、最近は、自分の定番コースとなった、金浦空港行き空港バスで金浦空港、そして地下鉄5号線に乗り換え、鐘路3街で下車、仁寺洞へ向かい、迎賓荘旅館に投宿というルートをとった。乗り換え時分や徒歩の部分も含めて1時間30分ほど。14時ごろに到着なので、部屋は必ずある。ほかの旅館にも泊まってみたいが、ついつい泊まりなれたところに足が向く。

旅館に着いて、今までと外装が変わっているのを発見。玄関の左手にコーヒーショップができていた。この旅館、一昨年、昨年と部屋のリニューアルを少しずつ続けていたようなのだが、一段落したので、今度は外装工事とコーヒーショップ建設をおこなったようだ。料金は、以前と変わっておらず、3万ウォン。連泊するので6万ウォン払う。もう一泊するなら、値引き交渉してみたいところだが、言い値で支払い。すぐに部屋へ。  

オンドルパンと言ってみたのだが、無いようだ。この旅館では、以前、オンドル部屋にも泊まったことがあるのだが、改装で廃止になったのだろう。テレビの下には冷蔵庫があり、最初に泊まったときにはなかったので、サービス向上している。床もきれいでいい。15分ほど休憩し、14時半に外出。

今回のソウル旅行は、特別な旅なのだ。それは、このWeb上でオフ会を呼びかけてみたところ、mustafaさんが参加表明してくださり、夕食を一緒にとることにしていたからだ。18時半に待ち合わせしているので、それまで4時間ある。最近は昼間に来ていない仁寺洞(インサドン)界隈の散策をそれまで楽しむことにした。

この地域、路地に入ると古くからの家屋が残り、メインストリートには伝統工芸品の店が並び、韓国の伝統を感じるのに適しているところだ。同時に、観光客集めのためだろうか、変化も著しい。前回あった店がなくなって、別の店になっていることなど、買い物をしない自分でも気づく変化がとても多い。

現代的センスの工芸品店の前で、キムチ壷を見つけた。古い壷が、新しい店の建物とマッチしている。この店で売っていたものは、あまり見かけないデザインのものが多く、見ていて楽しかった。

屋台もいろいろ出ているが、アメの屋台が興味深い。長さが1m以上もある大きな茶色いアメをかんなみたいな道具で削って、割り箸にからめて売っている。日本で言うベッコアメのようなものである。

同じ、アメ屋台でも、いろいろな種類のアメを袋や箱に入れてお土産用に売っていた屋台もあった。抹茶入りとか、チョコレート入りとかあるようだ。しかし、自分はアメが苦手で眺めているだけ。かわりにフレッシュジュースでのどをうるおす。

続いて、ラーメン屋に入る。昼食がまだだったのだが、このあとオフ会の食事が控えているのでラーメンにした。韓国のラーメン屋といえば、インスタントラーメンを利用しているのが普通だった。ただし、スープは独自に作ったり、具をいろいろ入れるとか工夫はしているが。今回入った店は、生麺を利用していた。韓国らしさはないが、やはりインスタントラーメンよりいい。ラーメンには、キムチとたくわんがついてきた。

食後はタプコル公園へ。この公園は10年ほど前にきたきりで、ソウルへ来ると、この横の仁寺洞は必ず足を運ぶのに、ここはいってなかった。この公園では、よく日本に反対する集会が開かれたり、デモの出発点になったりするところである。しかし、この日はいたって平穏で、お年寄りがたくさん集まって休んでいて、何ごともなかった。

なぜ、そういう集会が開かれやすいかいうと、ここで、日本統治時代の1919年3月1日、3・1独立宣言が読み上げられ、ここを出発点としてソウル市内へのデモが始まったからである。この日をきっかけとして、日本からの独立運動が激化する。そして、上海に大韓民国臨時政府がつくられる。(当サイトの上海編 のなかに臨時政府の画像があります。リンクしてあるページのなかにあります。)

上の画像は、3・1独立宣言の記念碑。

この公園の塀に沿って内側に銅板のレリーフが十枚並んでいる。それらには、各地(済州島や現在の北朝鮮を含む)で発生した独立運動を、日本の憲兵が銃剣を使って弾圧している姿などが描かれている。一言で言うと、残酷なシーンが多い。これらは、どの程度、事実を反映しているのだろうか。

ここで、老人に混じってしばらく休憩。待ち合わせには、まだ間があるので、近くにある永豊文庫という大型書店へ。いろいろ本を見たりしていると、待ち合わせ時間が近づいてきた。

そして、ついに待ち合わせの時間。待ちに待った、今回、オフ会に名乗りを上げていただいたmustafaさんと合流のひと時。ネット上では、長らくおつきあいいただいているけれども、実際にお会いするのははじめて。でも、古くからの友人に再会するような感じだ。

mustafaさんのサイトへもどうぞ。→ 「mustafaのページ」

さっそく、2人で鐘路の飲食店街へ。まず、サムギョッサルの専門店へ。サムギョッサルは、豚の3枚肉(赤身と脂身が3層になっているというところからそういうらしい)の焼肉。左の白いのは、ワイン味のもので、真ん中の赤いのはキムチ味のもの、右端はキムチ。カルビを食べようとかも話していたが、さっぱりした味のサムギョッサルにして正解だった。

mustafaさんは、東アジアやイスラム圏を中心にしつつ、世界各地に関心をもたれていて、その点自分と同じなので、話がとてもはずんだ。mustafaさんは、ある程度、中国語や韓国語を使われるので、その点、言葉がだめな当方は見習わなくてはと思う。

また、お互いサイトの管理人同士ということで、Webページの作成についてや、サイトや掲示板を管理するときの悩みなどについても、ざっくばらんにお話しすることができた。

サムギョッサルは美味だったが、量がやや少なめで、もう少し食べようとということになり、今度は、仁寺洞のカルグクスの店へ。2人で注文すると大きな器に入れて運ばれることを知った。

ここでも、さきほどの話の続きで、大いに盛り上がることができた。

さらに、仁寺洞のメインストリートに面した伝統茶店へ。 ガイドブックなどには載っていないと思う。ここでは、冷たいスジョンガを注文 。干し柿、しょうがなどからつくり、松の実をうかべているらしい。焼肉などを食べた後には、すっとして気持ちがいい。以前、有名店でも試したが、そのときと比べて、値は同じくらいだが、量は倍くらいあってお得な感じがした。

mustafaさんは、この夜、夜行列車に乗車されるとのことで、その列車の発車ぎりぎりまで話を楽しんだ。mustafaさん、ありがとうございました。

mustafaさんを見送った後、仁寺洞をまた一往復した後、旅館に戻り、一日を終えた。

 

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