3日目     

最終日、8時過ぎに旅館をチェックアウト。といっても、玄関に誰もいないので、キーを置いて出かける。鐘路3街の地下鉄駅近くで開いている店を探す。昨日入ったキンパプ屋でもいいが、別の店がないか探していたら、結局、鐘路の大通りに出て、さらにうろうろ。ようやく、小さな食堂を見つけて中に入る。何でもよかったが、とっさに、テンジャンチゲと言った。ぐつぐつ煮るのに時間がかかるのだろうか、15分ほど待ってようやくできあがってきた。熱いので食べるのにも時間がかかる。満足いく味であった。

当初、この日は、5つの王宮のうち、昨日行った2箇所以外の3箇所に行く予定であった。ところが、昌慶宮と共通チケットで入れる宗廟 (宗廟は歴代の王が眠る廟であるが、昌慶宮の一部のような取り扱いになっている)にやってくると、この日は特別な日のようで、午前中は招待者だけが儀式を見られるようだった。 そのため、予定変更。南山公園に行ってみることにした。

帰国後、調べてみたら、毎年5月第一日曜に宗廟大祭が開かれ、王家であった李氏の子孫が集まっているとのことだ。

地下鉄4号線の会賓(フェヒョン)で下車。坂道を登る。結構、急な坂道だ。公園にたどりつくと、まず金庚信将軍の銅像がある。金庚信は、新羅、百済、高句麗を統一し、武烈王のもとで将軍して活躍した。慶州で墓を見たことがあるが、王の陵墓と同じくらいの規模であった。歴史上、最重要な人物のひとりと考えられているのだろう。

さらに階段を上り、公園の上部に向かった。金九の銅像がある。金九は、1919年の上海での臨時政府樹立に参加。その後、昭和天皇暗殺未遂事件、上海派遣軍司令官白川義則陸軍大将暗殺事件を指導したとされる。1940年、臨時政府は重慶に移動し、臨時政府主席に金九が就任した。戦争終結後、帰国するが、アメリカなどの方針で、軍政が実施され、臨時政府が正式政府にはならなかった。また、彼は南北同時選挙などを主張して、アメリカと対立し、大統領にはなれなかった。

さらに階段を上がると、安重根義士紀念館がある。10年前にも入ったが久しぶりに訪問した。紀念館の脇には彼の銅像、入口近くには、朴正熙元大統領の筆による「民族の正気」(「の」にあたる部分は、その意味のハングル)という文字が刻まれた大きな石がある。また、館の前の庭には、安重根の書を刻んだ石がたくさん置かれている。

安重根は伊藤博文を暗殺した人物である。伊藤博文は、日本の明治時代の首相、初代の韓国統監、そして20年ほど前まで使われた1000円札に描かれた人物で、日本の近代史上、特別有名な人物である。1909年、安重根は、満州のハルビン駅で伊藤博文を射殺し、その場で捕らえられた。当時、朝鮮では日本に対する義兵抗争が激化していて、この事件もその一環としてとらえられる。彼は、韓国では英雄の扱いを受けており、切手のデザインにもなっている。

彼は、伊藤殺害の理由として伊藤の罪を15ヵ条にまとめており、前庭の石に彫られている。第1条は明成皇后殺害、第2条は日韓保護条約締結、第3条は大韓皇帝退位と並んでいる。第15条が日本太上皇帝、つまり孝明天皇の暗殺にかかわったということになっているのだが、これはいったい何なのだろう。

紀念館はそれほど広くなく、彼の持ち物や書、当時の新聞記事などが展示されている。また、系図や年譜など安重根のことを研究しようとする場合の資料がある。

彼は、旅順監獄で死刑になるが、監獄で書いた書などからは彼が教養を持った人物であることがうかがえる。

南山公園で最大の名所になっているのは植物園である。この植物園、この一帯は、かつては朝鮮神宮のあったところである。上の温室の付近が本殿だったらしい。

旅の最後は南大門市場。南山公園をくだり、歩いて市場に入った。露店もあるが、多くの店は固定した店舗がある。扱う商品ごとに、エリアが大体わかれている。ここで、海苔を土産として購入。海苔も安いものから高いものまで、いろいろな種類のものが売られている。

食べ物屋台は、まだ準備中であった。この旅で最後の昼食はどうしようかと歩いていたら、食堂が並んでいるエリアがあり、そこの店に入ってみた。

カルビタンを注文。カルビタンは韓国料理では珍しく辛くない料理である。卵とじスープのような味である。

もう少し食べてみたくなり、別の店で冷麺も食べた。暑い日だったので気持ちよかった。このあと、会賓から地下鉄を何本か乗り換えて金浦空港に向かい、そこから空港バス。

新吉まで1号線(国鉄の電鉄区間)に乗ったが、ホームに転落防止のため、入口が設けられていた。1号線電車の扉の上の地図を見ると、電鉄区間が天安まで伸びていた。以前は水原までだったのだが、かなり遠方まで電鉄区間になったものだ。

帰りのアシアナ航空の便では、機内食が供せられた。軽食であるが、ボックスランチ式ではなく、トレイに載せられている。日韓線ではかなりいい部類のサービスじゃないだろうか。食事が終われば、もう日本上空を飛んでいた。

 

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