北 大 東 の 北 部

 

 

 

 

    

 沖縄県でも那覇から遠く離れ、運賃が高止まり傾向で、とても行きにくい大東諸島。以前から、いつか行きたいと思っていたが、なかなか行けなかった。GWの5連休に計画していた海外旅行をとりやめ、急きょ国内旅行をすることになり、突如、行先として浮上した。

 5連休の直前に計画をたて、飛行機とホテルをおさえた。直前に予約ができたのが不思議なくらいだ。

 1日目は、伊丹から那覇。そして北大東に向かう。那覇までは、予約時には1席だけ残っていた席を予約。搭乗してみると、隣席が空いていて、ゆったりと座ることができた。

 クラスJの茶菓は、最近は柔かいものが多く、この日も、抹茶フィナンシェ。

  

 那覇での乗り継ぎ時間が少しあって、ゆいレールで国際通りまで出てみた。

 とはいえ、ゆっくり昼食をとっているほどの時間はなくて、コンビニで買った商品を店内の食事スペースで食べた。

 せっかくだから、ソーミンチャンプルーとポーク玉子おにぎりと沖縄風にやってみた。

 

 

 

 空港に戻り、琉球エアコミューターのカウンターで搭乗手続き。列に並ぶ人の様子から、ローカル路線の雰囲気が伝わってくる。 作業服の人が数人に、買い物袋をさげてサンダル履きの人も数人。

 いよいよ搭乗だ。ボンバルディアDHC8-Q100で39人乗り。 

 北大東に到着。小型機といっても、尾翼の高さは人間2人分以上ある。

 

 

 

北大東空港のターミナル。出迎えの車に乗車。
 
 今夜の宿は「ハマユウ荘」。島一番の高地の中腹に立ち、歩くとちょっと大変だ。

 

 

 

 

 広々とした客室。荷物を置いて、島の探検に出発。
 

 「ハマユウ荘」から坂道を下ったところ。 

 

 

 

 

 島の小中学校。
 

 灯台。海岸ではなく、島の真ん中の高台に立っている。

 

 

 

 北大東郵便局。
 

 金比羅宮。

 

 

 

 

 西港の方面を眺める。日がかなり低くなってきている。
 
北大東の西港に残るリン鉱石貯蔵庫跡。

 南大東はさとうきびの島として発展したのに対して、北大東はリン鉱石の島として発展した。

 リン鉱石は火薬や肥料の原料となるもので、かつては自給ができた数少ない資源だった。でも、1976年にはリン鉱石の採掘が終わり。この貯蔵庫は次第に廃墟となっていった。

 

 日本領土であることを示す国標。北大東島の西港近くの公園、西地区緑地にある。国標は日本中でここにだけある。

 元々明治18年に島の調査がおこなわれ、日本領土とされたときに建てられたのだが、昭和12年建てなおされ、さらに平成16年に新しいものに建て替えられた。

 国標の4つの面には次のように書かれている。
・沖縄県管轄北大東島距本庁大凡百三里沖縄県
・奉命実地踏査 沖縄県五等 石澤兵吾他五名
・東西凡一里半南北凡四里 明治十八年八月三十一日建立
・再々建平成十六年三月三十一日
 

 海水の淡水化施設。

 

 

 

  

 村営プール。
 

 西港の岸壁。高さは10m以上ある。

 ここに到着するか貨客船の乗り降りは、乗客もかごに入ったうえ、クレーンで運ばれる。もちろん荷物もだが。

 時間さえ許せが、貨客船の旅も面白そうだ。せめて、北大東-南大東だけでも。

  

 

 上  北大東から見えた南大東。

 左  いよいよ太陽が西の海に沈む。

  島の開拓に尽くした玉置半右衛門の碑。

 

 

 

 

 

 

 漁協の冷凍施設。
 

 「ハマユウ荘」の夕食。

 

 

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