7日目 ウ シ ュ ア イ ア へ
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南米大陸最南端の街へ |
3日間まったく同じだった朝食をいただいたあと、予約しておいたタクシーでホテルからカラファテ空港に向った。途中は荒地が続き、何もないところに空港が現れるって感じだ。この日は空路で南米最南端の街であるウシュアイアに向う。 |
利用したのは、ラン・アルゼンチン航空。しかし、ラン航空と全く同じ塗装である。11時30分ごろにウシュアイア到着。歩いてターミナルに向う。 |
ウシュアイア空港からホテルへはタクシーで向かった。パタゴニアで利用した空港は、プンタ・アレナス、カラファテ、ウシュアイアだが、どこも公共機関はなく、タクシーでの移動だった。 |
泊まったのは高台にあるホテル。本当は街の真ん中にあるホテルをとりたかったのだが、大晦日をはさむ日程であったためか、ホテルが混んでいて、立派ではあるがロケーションの悪いホテルとなった。 |
立地はよくないが、雰囲気は良かった。木材をふんだんに使った部屋やロビーなど温かみを感じさせられた。そういえば、空港も木材を多く使っていた。 |
ホテルから見たウシュアイアの街。その向こうにビーグル水道が見える。 ウシュアイアは南米大陸の南側にマゼラン海峡をはさんで位置するフエゴ島の最南端に近いところにある。より南には、ビーグル水道をはさんで、さらにチリ領の島があり、そこには小さな町がある。だからウシュアイアは南米最南端とはいえないが、ある程度の規模をもつ街としては南米最南端の街、また世界最南端の街といえる。 |
ウシュアイアのカニ料理 |
高台にあるホテルから20分ほどかけて街の中心まで歩いた。港には大型客船も停泊しているのが見えた。 下左 空港は港から海を渡ったところにあるのが見えた。こんなところにあったのかと思った。 下右 高台から街の中心に下る道。車道の脇に階段がついているが、車道はかなりの傾斜がある。 |
ウシュアイアの街の中心部。賑やかとまではいかないが、そこそこ人通りがあった。 下左 売り物の地図を見ると南極の一部分はアルゼンチン領ととして描かれている。フェークランド(マルビナス)諸島もアルゼンチン領になっているが、アルゼンチン本土からずいぶん近い距離だとわかる。 下右 あちこちにペンギンの絵が描いてあったり、ペンギンにちなんだ商品が売られている。 |
昼食はウシュアイア名物のカニを食べることに決めていた。カニを出していそうなレストランに入る。 下左 飲物は赤ワイン。 下右 ウシュアイアのカニはタラバガニの仲間であるセントージャ。セントージャのスープ。 |
セントージャ・ナトゥラル。カニの足の身をとりだしたもの。レモンとマヨネーズでいいただく。いや、美味しかった。 |
ウシュアイア街歩き |
昼食後、ウシュアイアの街歩き。元監獄へ向かう。 下左 元監獄は海軍基地の中にある。入口で何か言われるかと思いながら入ったが、観光客まるわかりだったためかフリーパス。 下右 1948年まで監獄だった建物なのだが、独房を利用した船舶博物館になっている。そちらのほうは興味がないので、どんどん進んだ。 |
元監獄ではなかった建物を利用して、自然博物館もあった。ペンギンのはく製。結構大きい。 下左 自分のお目当てであった元監獄のエリア。 下右 独房。 |
独房棟がいくつか放射状に出ている中心にあるところ。3か所に入口が見えるが、写真の左手と右手にもあり、あわせて5つの独房棟が集まっている。 このあと「世界の果て博物館」なる博物館に行ってみたが、本来は20時が閉館なのだが、この日は大晦日で16時に閉館になっていた。 下左 ムンド・ヤマナ博物館へ。 下右 地元の先住民族についての博物館だった。 |
海岸をぶらぶら。 下左 ブエノスアイレスまで3040km。スケールの大きな標識だ。日本では、稚内・石垣が2800km。だが、3040というのは直線距離ではないだろうから、だいたい同じくらいかもしれない。 下右 夕食をとろうとレストランを探したのだが、どの店も大晦日のため、開いていた店も14時か16時ごろに閉店だった。結局、この日の夕食をとるのはあきらめた。日本から持参した菓子などをホテルで食べて年越しした。 |