6 日 目  ハ ジ ャ イ で 年 越 し

プーケットからハジャイへ

 この日は大晦日。プーケットで2泊ののちハジャイに向かった。

 前夜はほとんど寝なかった。徹夜で旅程の変更を行い、それに合わせてホテルのキャンセルや予約、飛行機の予約などを行ったし、終えたのちも、寝てしまうと、バスの発車に間にあわないなんてことになりかねないので寝なかった。

 朝食は、前日と同じく、湯を沸かしてカップラーメンとパン2つ。

 8時30分発のバスなので、8時前にホテルをチェックアウトしてバスターミナルに向かった。 

 8時30分発のバスは1等バスで、5分ほど早発した。全員が乗車していたのだろう。ほぼ満席であった。

 しばらくして、プーケット島内の2,3のバス停でも客が乗車し、完全に満席になった。

 驚いたことに、本土内に入ってからも客をどんどん乗せていた。通路は大混雑。まさか1等バスに立ち客を乗せるとは思ってもみなかった。

 画像は少しすいてから撮影したもので、一時は通路は身動きできない状態になっていた。重心の位置が高いバスなだけに、定員以上の客を乗せるのは危険だと思うのだが、こういうことがいつも行われているのだろうか。

 途中、クラビで客の乗り降りがあったが、クラビから乗車した客は指定席になっていて、着席していた。途中のバス停からの立席乗車についてはドライバーの判断で行っているのだろう。

  

 4時間半ほど乗ったトランのドライブインで小休止。トランで立ち客はほぼいなくなった。これ以降はバスが頻発しているのだろう。

 ここで昼食。ご飯の上に、好みのおかずを乗せてもらうものをいただいた。料理の名前はなわからないので指差し。25バーツ(約70円)。

 ここでの停車時間が何分かわからないので、万一に備えて、道路に面して、バスが目の前に停まっているテーブルで食事をしていた。食事を終えた客が何人かバスに乗ったと思うと、いきなりバスが動き出してびっくり。

 あわててバスを追いかけたら、何のことはない。ドライブインの隣のスタンドで給油のために動いたのだった。それでも、残りを急いで食べて、バスに戻った。ほかの客もも戻ってきて、自分が乗ってから5分後に出発であった。

 ハジャイには16時10分に到着。予想以上に長時間の8時間近くの乗車であった。

 プーケットより大きなバスターミナル。さすがにハジャイはタイ南部の中心都市だけある。

 このバスターミナル、ハジャイの中心から2kmほど南にあるらしいが、ガイドブックの地図にはのっていない。距離はともかく、方角もわからないので困る。しかもタクシーはないので、市内中心部に行くには、どこに行くのかわからないソンテウに乗るか、大きな荷物をもってモーターサイ(バイクタクシー)に乗るかしかない。

 結局、あまり乗りたくはないモーターサイに乗って、ロビンソンへと指示して、市内の中心へ向かった。約10分。画像は乗せたもらったドライバー。20バーツ(約57円)。

 ロビンソンとは、ロビンソンデパート。目印になるものがわからず、とっさにデパートの名前を言ったのだ。ホテルに直行しなかったのは、翌々日にペナンまで行くので、その切符を確保するためだ。

 ロビンソンから市内の中心の通りに向かうと、屋台がたくさんでていた。新年を迎えるため、派手な飾りをほどこした屋台が目立つ。

 屋台の並ぶ通りの一角にあった旅行社に入って、ペナンまでの切符を確保。

 そのあと屋台を見ながらホテルまで歩いた。屋台街に入るところにはゲートが設けられていて、その内側は歩行者天国になっていた。

 ハジャイでの2泊は、ノボテル・センタラ・ハジャイ。大晦日と元旦であるので、ちょっと高めのホテルを選んだ。とはいっても、日本や他の国と比べてうんと安いのだが。

 ノボテルの入っている建物は、1階から5階がショッピングセンターになっていて、6階がロビーになっている。7階以上に客室がある。

 それで、専用のエレベータで6階に上がってチェックイン。

 14階の部屋に入ると17時30分に近かった。19時にヒョウちゃんと待ち合わせてオフ会を予定していて、それまでしばらく部屋で休憩。

1年半ぶりに再開してオフ会

  ヒョウちゃんとはノボテルのロビーで19時に待ち合わせの約束をしていた。ところが、ロビーは、ソファーが撤去されて、一面、年越しパーティーの会場となっていて、待ち合わせをしにくい状態になっていた。それでも、無事に再開を果たす。前年の夏にチュニジアで会ってオフ会をして以来、1年半ぶり。

 ヒョウちゃんは、年末年始に、クアラルンプルから旅を始めマレー半島を北上しバンコクに向かわれている。一方、自分はバンコクから始めクアラルンプルに向かっている。ちょうど、途中で行き違うことになり、日程を調整して、ハジャイで会ってオフ会をすることにしたのだ。

 

 まずは、外に出て屋台の並ぶ街路に出かけてみた。ホテルに来る途中見たときに比べて、大幅に人出が増えていた。

  歩行者天国になった路上に設けられたテーブルはほぼ埋まっていて、空席はほとんどなく、屋台食をいろいろ食べようという案は没に。

 歩くうちに、さきほど切符を買った旅行社が近付いてきた。ヒョウちゃんも同じ旅行社で切符を購入。ヒョウちゃんは、自分とは逆方向に旅をしていて、次はチュンポンに向かうとのこと。 

 繁華街には警察と軍がとても目立つ。要所要所で見張りをしている。これは大晦日ということもあるが、テロを含めて不測の事態に備えているのだろう。一般犯罪の容疑だろうが、捕まって引っ張られる男も目撃した。

 結局、ノボテルの前に逆戻り。向かいのホテル、リーガーデンズプラザの前には大きな赤いクリスマスツリーが輝いていた。

 その脇に「シズラー」というレストランがあり、ここに入ることにした。ヒョウちゃんによると、日本にもあるらしいが、自分は初めて聞くお店だ。 

 ノボテルのあるハジャイの中心部は高層ビルが立ち並んでいて、チェンマイよりも大都市という雰囲気がある。レストランの店内も外国人は見かけなかったが、地元の家族連れなどであふれていて、とても数年前に爆弾テロが起こったことがあるという感じではない。

 メニューを見ると、ステーキが中心の店らしく、酒のつまみになりそうなメニューは少ない。それでも、大晦日と再開を祝してワインを注文した。なんでも安いタイにしては、ワインだけは日本よりも高い。タイ人にとっては、相当な高級なものなのだろう。

 シーフードのフライのセットとえびを焼いたものを注文。ヒョウちゃんとは、お互いの旅の途中経過を報告しあったり、これから向かう場所についての情報を交換したりした。1年半ぶりの再会であるだけに、話すことはいろいろあって、あっという間に時間は過ぎていった。

 シズラーにかなり長くいたが、さらに屋台でもう少し食べようということになり、すぐそばの屋台街にいってみた。

 蟹肉餃子麺というのがあって、どんなものだろうと食べてみることにした。

 できあがったものを見て、どこが蟹肉餃子麺なんだろうって思ったのだが、どうも鶏麺のほうを出されたみたいだ。

 この屋台では食べ終わるとすぐに食器を片づけられてしまって、長居ができなかった。

 カフェで話の続きをしようと思ったのだが、適当な店が見つからず、翌朝9時にヒョウちゃんの泊まっているホテルのロビーで待ち合わせて、ソンクラーへ一緒に行くことにして、この日はわかれることにした。

花火を見ながらハジャイで年越し

 ヒョウちゃんと別れたあと、1人で再び歩行者天国を歩いてみた。お祭りのときのようなものすごい熱気だ。年越しが近づくにつれて、人出はますます増えてきていて、普通には歩けないような状態になっている。

 仮設の舞台が設けられていて、人気アーティストがやってきているのか、ものすごい状態になっている。群衆の中にははいりこまないほうが身の安全と考え、ホテルに戻ることにした。 

 ホテルの前の道路も大変な人出になっていて、もう すごい状態だ。

 ノボテルは交差点に面して建っているのだが、その交差点では軍の車が停まり、十数名の兵士の詰め所になっている。角ごとに警官か兵士がいて、銃を持っている。人出が多いだけで、これだけの配備はしないだろうし、やはりテロなどを警戒しているのだろう。

 部屋に戻って、年越しは部屋で静かに迎えることにした。

 ホテルのロビーでは年越しパーティーが行われていたが、すでに外出した客も多いとみえて空席が目立っていた。ロビーを臨時に食事場所にするのは、どうも安易で、ロビーでは食事したくないなと思う。

 チェックインして部屋に入ったときに、テーブルにウエルカムフルーツならぬウェルカム菓子としてHappy New Year の菓子が置いてあって、大晦日ならではのサービスだと思ったのだが、この菓子をいただくことにした。

 あまり甘くはない菓子だが、何という名前の菓子なのかはわからない。

 これをいただいていたら、花火が上がりはじめた。それで、再び外に出てみることにした。

 外に出てみると、花火がバンバン上がっていたのだが、何とホテルのすぐ近くの道路の真ん中から打ち上げられていたのだ。そのすぐ近くには大勢の人たちが取り囲んで見ていたのだが、大丈夫なのだろうか。

 花火が暴発したり、上から落ちてくる危険性を感じていないのかな。それに、花火が建物に当たって火事になる危険性も。

 自分は路上で花火を見る気にはなれず、ホテルの入口の屋根がついているところから見た。

 それでも、自分の頭上に近い位置では花火が開いていて、それはもう壮観だった。でも、火が落ちてくるのじゃないかと怖かったのだが。

 日本では決してしないような花火の打ち上げ方だ。タイではこのような打ち上げ方が一般的なのだろうか。

 花火を見ている間に0時を過ぎ、年が変わった。カウントダウンはなかった。花火が終わると部屋に戻った。

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