3日目  ジョグジャ市内とプランバナン

 

ジョグジャカルタ市内めぐり
  ホテルで朝食。中庭のテーブルで食べたのだが、自分の部屋の窓の外がこの中庭なので、窓のカーテンは閉めたままなのだ。
 
 食事はビュッフェで、インドネシアスタイルとウェスタンスタイルのどちらでも、あるいは混ぜてもいいのだが、インドネシアスタイルにした。そして、インドネシアスタイルは、ナシ・グドゥだった。17年前のときも、ホテルの朝食は毎日、ナシ・グドゥを食べていたので、予想はしていたが、やはりナシ・グドゥがでてきた。それだけ、ジョグジャカルタに定着した料理なのだ。

 下左  グドゥ(ジャックフルーツの煮込み)はこんな感じ。

 下右  フルーツ。
 
 
 朝食後、最初に向ったのはトゥグ駅。ジョグジャカルタの中央駅にあたる駅だ。ジョグジャカルタの中央駅にあたる駅だ。前日に南口に行って、時刻や切符売場の位置を調べたが、堂々とした北口の駅舎も見たかったのだ。

 この写真は、マリオボロ通りにある踏切で、北から南を撮影している。赤白の柵があるが、車は通行禁止で、車が踏切に入らないようにするための柵だ。ただし、二輪車と歩行者は通行できる。

 駅はこの写真の右手、250mくらいのところにある。 
 この写真は、踏切から西を撮影したもので、中央から少し右下に写っている白い建物がトゥグ駅の駅舎。この踏切から駅舎までは250mほどの距離がある。

 踏切から駅舎までの道路は行き止まりになっていて、わざわざ行き止まりの道路を通らないことには駅に行けないのだ。

  下  駅付近の略図。

 左の写真は、略図で「マリオボロ通り」の「オ」の字あたりから西を撮影したもので、行き止まり道路に斜めに線路が交差している。
 
 トゥグ駅舎。北口。オランダ統治時代に造られた駅だろう。駅名表示は、JOGJAKARTAになっている。

   トゥグ駅のように、行き止まりの道路を進んだところに駅舎がある駅で乗降したのは、ドイツのヴィッテンベルクである。(リンク先ページの中央より下にこの駅をとりあげている。)

 トゥグ駅は南口を利用できるが、ヴィッテンベルクは本駅舎を必ず利用しなければならなかったうえ、行き止まりの奥までがトゥグ駅の倍の500mほどあった。(1995年当時)

 下左  駅舎を入ったところのホール。

 下右  踏切まで戻ると、ちょうど列車が通った。時刻を調べると、ソロ発、ジャカルタのガンビル駅行きの特急「アルゴ・ラウ」のようだ。
 
 
 午前中は、ジョグジャカルタ中心部にある有名観光地を回ることにした。いづれも17年前にも行っているところだ。

 クラトン(王宮)へ向かった。マリオボロ通りをトランスジョグジャに1km弱乗って、さらに500m
ほど歩いて到着。途中、とても広い王宮広場を横切った。

 ジョグジャカルタでは、長年統治してきた王(スルタン)が、共和国になってからもジョグジャカルタ特別州の知事として、一定の政治的な力を持っている。

 クラトンは南北に分れていて、入場券も別々に買って入場。写真は北側のメインの建物で王位継承の儀式などが行われてきた。
 
 南側へは、いったん外にでて、再び入場する。メインパレスとされているのは南側のようだ。

 南側では毎日、伝統芸能が行われているのだが、訪問したに日曜日には伝統舞踊が演じられていた。
 
 舞踊の音楽はガムラン。しばらく舞踊とガムランを見ていた。

 さらに、現在のスルタンの博物館などを見た。
 
 次に向ったのはタマン・サリ。離宮だが。水の王宮と呼ばれる。

 水浴場があるが、王が女性に水浴をさせ、王がそれを眺めて夜を共にする女性を選んだといわれる。

 下左  ガスム市場。小鳥をかごに入れて売る店が集まっている。

 下右  ソノブドヨ博物館。ジャワ文化の展示をしている。
 
.
 
プランバナン
  午後はプランバナンに向う。王宮の北のほうのマリオボロ通りからトランスジョグジャの1Aに乗車。

 空港を経由して、1時間ほどでプランバナンのバス停に到着した。バス停からプランバナン公園の敷地の柵のあるところまでは数分なのだが、公園の入口までは遠く、20分ほどかかる。
 
 バス下車後、昼食をとろうと思っていたが、食事をとれるような店はほとんどない。

 屋台風の店があったので、そこに入った。麺類だけを作っていたようだが、メニューはない。言葉も通じないので、麺を食べるジェスチャーをして席についた。複数の麺ができるのなら、何か聞いてくるだろうが、聞かれることもなかったので、作れる麺は1種類なのだろう。
 
 店内。とても簡素な店であることがわかる。
 運ばれてきた麺。一見、ミークア(汁そば)かなと思った。チキン、ニンニクチップ、ニラなどがのっている。

 だが、食べていると、麺よりもご飯の方がたくさん入っていて、雑炊のようになっている。ナシ・ソトアヤムだったのか。これは、ソロの名物で、ソロで食べるつもだったっが、ジョグジャで食べることになった。

 下左  麺も最初は小麦麺しか見えなかったのだが、細い米麺も入っていた。

 下右  入っていたご飯。
 
 
 プランバナン公園の入口に到着。写真の左の建物が外国人用の入場券売場、右の建物が自国民用の入場券売場。

 下左  外国人料金は25米ドルをインドネシアルピーに換算した額。この日は362500ルピア(2900円)であった。ほかの入場料に比べるときわめて高い。

 下右  入場券には、ウェルカムドリンクの券がついていた。入場後引き換えたが、ミネラルウォーターの小さいボトルだった。
 
 
 
 少し歩くと、遠くにプランバナンの中心寺院であるロロジョングラン寺院が視界に入ってきた。
 
 プランバナンも17年ぶりの訪問だが、前回の訪問の5年後に大地震があり、この遺跡も甚大な被害を受けた。

 ロロジィグランは大丈夫だったのだが、その周囲にある寺院群のうち1つが崩壊し、修復が行われたという。また、公園内の小さな遺跡には、今なおガレキが積まれたままになっているものも多かった。
 さらに近づくと、中央のロロジョングラン寺院のまわりに6つの寺院があることがわかるが、見る位置によって、その個数は変わる。

 下左  小さな遺跡には、崩壊したままのものがたくさんあった。

 下右  ロロジョングランを近くで見ると、無数の彫刻で覆われていることがわかる。  
 
 
 左左  ロロジョングランは、その4面に祠があり、それぞれ階段で上がることができる。

 左右  中にはヒンドゥー教の神の像が祀られていて、1つにはガネーシャの像があった。
 
 
 
 上左  プランバナン公園の中には小さな遺跡が3つある。観覧バスにも無料で乗れるのだが、歩いてまわった。まず、ルンブン寺院。

 上右  つぎは、ブブラ寺院。

 左  公園内の一番北側のセウ寺院は、小寺院も従えて、広いのだが、壊れたままのものが多かった。

 遺跡の入口にある、兵士の像と右側のセウ寺院。
 
 
 上左  博物館。

 上右  ロロジョングランのそばにステージが作られていて、夜にコンサートがあるようだ。コンサートを見にやってきた客が続々と入場してくる。

 左  出口を出たら、延々と続く土産物店。通り抜けたあと、食堂のひとつでココナツをいただく。入場時間は3時間弱だった。

 25分ほどかけて、バス乗場に戻り、トランスジョグジャに1時間乗ってマリオボロ通りに戻った.
夕食は屋台食で
 マリオボロ通リに戻ると18時で、そのままナイトマーケット巡りをして、夕食も屋台食で行うことにした。

 17年前にもナイトマーケットはあったのだが、今ほど、にぎやかではなかった。かつて側道だった部分が歩道になって、出店できる店舗が増えたことが大きいと思う。

 ゴザに座って食べる屋台での食事も楽しんだが、今よりも暗かったし、にぎやかさもなかったように覚えている。
 
 昼食は麺だけで、そのあとプランバナンで歩きまわったので、かなりお腹がすき、すぐにご飯ものをいただくことにした。

 ナシ・チャンプル兼ナシ・グドゥの屋台が何軒も出ている。屋台の1つで、料理の並ぶ前のテーブルに座った。
 
 ナシ・チャンプルは、さまざまなおかずをご飯に置く、ぶっかけ飯的なもの(ただし、スープ状のものはない)で、ナシ・グドゥは、グドゥや甘く煮たアヤムを必ず置くものなので、ナシ・グドゥは、ジョグジャ特有のナシ・チャンプルの特別版といえる。屋台ではどちらも食べられる。

 おかずを指差しで選んだ。
 
 屋台によっては皿に盛られるようだが、入った屋台は、バナナの葉にご飯と選んだおかずが盛られていて雰囲気も出る。

 選んだおかずは、名前はわからないが焼魚、焼アヤム、厚揚げのようなもの、野菜を刻んで煮たもの。35000ルピア(約280円)。

 美味しいことはいえるが、ビールなどが飲めないのがつらい。コンビニでも売っていない。当面は、ビールよりローカルフード重視でいこう。
 
 お菓子の屋台でも少し試してみることにした。

 緑の筒状のものがプトゥで1500ルピア、ごま団子のようなのがオンデ・オンデで2500ルピア。計4000ルピア(約32円)。

 下左  筒状のものは、竹筒に入れて、丸い鉄板の上に載せて蒸している。

 下右 オンデ・オンデは餅の中に黒砂糖の蜜のようなものが入っていた。プトゥは、米と砂糖で作った生地を蒸していて、生地も甘いのだが、その中に黒砂糖の蜜のようなのが入っていて、非常に甘い。
 
 
  バクソ(牛肉のつみれ)屋台。

 温めているバクソを袋に入れて、調味料をかけてくれる。10個で10000ルピア(80円)。
 
 串でさしていただく。TUSUKとは「刺す」という意味らしい。
 
 Tシャツの露店で売っているシャツのジョグジャカルタの綴りもYOGYAKARTAとJOGJAKARTAが混じっている。略称としてはJOGJAだが、DJOGDJAという書き方もあることがわかる。

 翌日はディエン高原へチャーター車で向かうのだが、車が来る時刻が朝食開始の30分後。微妙だが、翌日はパンを食べて済ますことにして、コンビニで朝食のパンなどを買ってホテルに戻った。