15 日 目 出 水
![]() 会場は夕食と同じところ。左下はお決まりの鶏飯。 この宿では珍しく、朝食が6時からということで助かった。6時からいただき、いったん部屋に戻って6時40分に出かけた。 |
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![]() 上右 6時52分発の"ふれあいバス"に乗車。途中、小学生が乗ったりと、結構利用者がいた。 左 7時32分、「ツル観察センター入口」で下車。このまま乗っていても、遠回りして、7時48分に「ツル展望所」に着くが、田んぼの中の農道でツルが見られるかもしれないと思い、1kmほど歩いた。 |
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![]() 左 飛んでいるツルも。 出水は日本最大のツルの飛来地。1万羽をこえるツルが越冬する。出水のなかでも、このエリアに最も多くやってくるという。 |
![]() 下 空を舞うツル。 |
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![]() 下 地上から、保護のための網ごしにツルの集まっているところを撮影。 |
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![]() 下 展望所に入れるようになったので、入り屋上から眺めた。 帰宅後に報道で2022年は、春を待たず去ったツルが多かったことを知った。だから、例年より少ないというのだ。 去った理由だが、鳥インフルエンザなどで死んだツルが1400羽で、例年の10倍だったとのこと。ツルは、死んだツルを見たり、処理のために普通は飛来地に入らない人間がやってきたことで、異変を感じたらしい。同じころ、韓国のスンチョン(順天)の飛来地は、例年よりかなり多く飛来し、そちらに移動したようだとのこと。 |
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![]() 下左 「ツル展望所」10時36分発。 下右 バスは水たまりを通過しているが、これは鳥インフルエンザ対策の消毒液。 |
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![]() 上右 出水市歴史民俗資料館。 1階が図書館、2階が資料館。古代から現代までの展示があった。 左 日本一大きな地蔵。4m15cmで、大正時代の建立。 |
![]() 薩摩藩には外城と武家屋敷からなる麓が100以上あったようだ。出水麓は麓の中で最大の規模だったという。肥後藩との藩境があったからだ。 今まで訪問した麓では知覧や加世田が大きかったが、それでも武家屋敷は1つの通りに並んでいた。出水麓は碁盤の目になった面の中に武家屋敷があるのが特徴。 まずは税所(さいしょ)邸へ。 |
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![]() 税所家は出水麓の武士の中でも格式が高く、外城では代々、要職をつとめた。 写真は、雨天に使う屋内の弓道練習場。 上右 板が外れているところから、床下を通って外に逃れられる。 左 ふすまを取り払うと、とても広い広間になった。 |
![]() 竹添家も外城での要職を務めた。家屋は明治初期のもの。 |
![]() 竹添邸は大河ドラマ「篤姫」のロケ地として使用されたという。 |
![]() 下 御仮屋門。一時、藩主がここの外城に住む話が出て、藩主のために建てられた。藩主の移住はなかった。 今は出水小学校の正門になっている。 |
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![]() 下 出水小学校の運動場の南側の丘に外城があった。 |
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![]() 写真後に建物は出水小学校の体育館で昔風の外観にしてある。 |
![]() 下 宮路邸。ここは宿泊できるようになっていた。ここも「篤姫」ロケ地。 |
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![]() 下左 「公園前」14時34分着。公園とは、"特攻碑公園"。 下右 設置されている地図から、特攻碑公園の周辺には、出水海軍航空基地の遺構がいろいろあることがわかる。できるだけみて行くことにする。 |
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![]() 下左 公園の近くにあった特攻神社。 下右 境内のあった特攻兵士像。 |
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![]() ボイラー室跡のようだが、物置のように利用されているのかな。きちんと保存してほしいものだ。 |
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![]() いくつか遺構を見たが、きちんと保存されておらず、それぞれの遺構のそばには案内板もなく、バス停そばの地図だけが頼りだった。 |
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![]() この日は、ツル博物館にも行こうと思っていたが出水基地跡の見学に時間がかかったので、行けなかった。 |
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![]() 重さ5トン、直径3.4m。金箔で覆われ、ツルが描かれている。 日本一小さい鈴も展示されていた。参拝して、宿へ。 |
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![]() 芋焼酎「さつま島美人」。 上右 醸造元は長島町の「長島研醸」。 左 お通し。 |
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![]() 上右 醸造元は出水市の「出水酒造」。 左 辛子高菜炒飯。 |
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