5   イ  ポ  ー

 

キャメロンハイランドからイポーへ
  6時30分すぎに宿の玄関に下りたら、ちょうど係がやってきたところだった。前日に苦情を言ったのが、効いたのかな。

 この日は9時発のバスでイポーに向う。8時30分には宿をチェックアウトしたい。それで、この日も比較的、宿の近くに位置している店へ朝食に出かけた。何店か集中しているところがあるのだが、カフェ的な店が多く、前日に入店した店は避けて、「スリヤ」というインド料理店に入店した。
 
 上左  店内。このときの客はほとんどがインド系だった。

 上右  朝はビュッフェだけなのか、ビュッフェがお得だからかなのかは不明だったっが、客がすべてビュッフェをとっていたので、自分もビュッフェにした。

 左  残念ながら、おかずを入れるケースは10ほどあったのだが、入っていたのは6つほど。あまり食べたくないものもあった。ご飯は写真の左側にある炊飯器から入れる。選択肢が限られたので、カレーライス風に入れてみた。
  飲物はカフェオレにした。気温が低いので、長そで長ズボン靴のスタイルなのだが、それでも涼しすぎるので、ホットで注文。東南アジアでホットの飲物を注文することはあまりないが、キャメロンハイランドでは、昼間は別だが、朝、夜は冷たい飲物(ビールは別)を飲む気にはならない。

  料理と飲物をあわせて10リンギットだった。キャメロンハイランドは観光地価格でKLなどより値段が高いことが多いが、ここはかなり安い。

  宿に7時30分に戻り、一休み。涼しくて、気持ちよかったキャメロンハイランドだったが、これでおしまい。マレーシアにこんなに涼しいところがあるのだということがわかっただけでも、やってきて正解だった。宿は、朝の門扉の開錠が遅かったことと、シャワーがぬるかったことが難だが、どちらも2泊目には解決したし、1日ツアーを宿で手配できたし、宿泊費が最低レベルであることも考えると、まあ仕方ないかなってところだ。
 
 8時30分に宿を出て、バスターミナルには40分に着いた。切符売場で予約の紙を見せると、車内で渡すように言われた。バスは乗れるようになっていたので、荷物入れに荷物を入れて乗車。ペナン行のようだ。

 KLから来た時と同じ会社だったが、ほかの会社のバスをチャーターしていることや、行先などの表示がないことなど、KLからやってきたときと同じだ。今回は予約時から横4列のバスで、その通りのバスだった。指定していた席とは違う席に座ったが、何も言われなかった。
 
 発車5分ほど前に、予約の紙を見て切符が渡された。シート番号については、何も言われなかった。

 やがて発車。前日に1日ツアーで通った道を走って、キャメロンハイランドを突き抜けてイポーに向う。

 写真は、発車してすぐに横を通過したスモークハウス。キャメロンハイランドを代表するホテルだ。やがて、キャメロンハイランドの一番北を通って、イポーへと向かった。
 イポーが近づくと、採掘したために、土砂が露出している小山がたくさん現れる。イポーは19世紀の末に、すずの採掘で発展した街だ。

 イポー到着の前に案内があり、ペナンへ行く客は、バタワースか島のバスターミナルかを選べるようだ。バスを下車したときにわかったが、イポーで下車したのは3人だけで、あとはペナンまで行くようだ。
 
 2時間40分でイポーのバスターミナルに到着。

 下左  かなり新しい感じのバスターミナルだった。規模はかなりあったが、街の中心から7km離れていて使いづらい。

 下右  バスターミナルの中のレストランで昼食をとっていくことにした。
 
 ナシゴレンを注文。赤と緑はどちらも唐辛子で、かなり辛い。小魚が多く混ざっていたのが珍しかった。
洞窟寺院めぐり
 イポーの郊外には石灰岩の洞窟に造られた洞窟寺院がたくさんあり、中でも、ペラトン、サンポトン、ケロットンの3つが有名なようである。これらは、郊外にあって、訪問するのが なかなか大変だ。そこで思いついたのは、バスターミナルから、3ヶ所の洞窟寺院をタクシーで回り、最後にホテルに連れていったもらうという方法だ。

 タクシー乗場に止まっていた車のドライバーと交渉し、1時間25リンギットの割合で3時間75リンギットでチャーターし、洞窟寺院5ヶ所(3ヶ所のうち1つのすぐ近くにある2ヶ所も立寄り)と博物館を回り、最後はホテルまで送ってもらうことにした。

 最初にやってきたのはペラトン(霹靂洞)。バスターミナルから10分ほどで到着した。階段をあがると赤い大きな門があるが、これが洞窟の入口。
 洞窟に入り、10mほど歩くと大きな空間に大きな黄色の大仏があった。

 下左  洞窟内には多くの小空間があり、それぞれに仏が置かれていた。中でも千手観音像が大きくて迫力があった。

 下右  崖下にへばりついた寺の施設を駐車場が見たところ。洞窟内の階段を上がれが崖の上にでられるらしいのだが、迷ったけれどもやめておいた。
 
 つぎのケロットン(極楽洞)までは30分ほどかかった。寺の施設は洞窟から離れたところにあり、入口はまさに洞窟の入口という感じ。

 下左  洞窟自体はここが一番大きかった。洞窟内の床は大理石できれいに整備されていて、ところどころに仏像などが配置されている。

 下右  洞窟を突き抜けると、反対側の洞窟入口に出る。こうした構造なので、洞窟内も比較的明るかった。
 ケロットンから10分ほどでサンポトン(三宝洞)近くまでやってきた。サンポトンのすぐ手前にリンセントン(霊仙洞)とナンテントン(南天洞)が隣り合ってあり、この2ヶ所を見ておく。先にリンセントンから。

 下左、下右  こちらの特徴は笑かされる面白い像が多数あるということ。ここにあげたのは一例にすぎない。ついでにきただけなのだが、自分としては、ここが一番印象に残った。洞窟寺院としては小さな規模である。
 
 
  リンセントンの隣のナンテントン。歩いて1分で移動。洞窟寺院の規模としてはリンセントンよりは大きい。入口を入るとそのまま洞窟に入る構造になっている。

  下左  普通の洞窟寺院。リンセントンがインパクトありすぎだったので、普通としかいいようがない。

  下右  大きな巻線香。
 
 洞窟寺院の最後、サンポトンへ。車で1分の移動。大きな門を入ると洞窟の入口。イポーで一番古い洞窟寺院だという。

 下左  洞窟の入口。

 下右  洞窟内の祭壇などがこまごまとあった。ここでちょっと失敗してしまった。洞窟を抜けると、中庭があるとういうのだが、気づかずにいたのだ。知っていれば探したのだが、帰国後に知ったのだ。

 5つの洞窟寺院を回ったが、洞窟の壮大さではケロットン、仏像の見ごたえではペラトン、笑えるかという点ではリンセントンがよかったかな。
 
  洞窟寺院を見終えたあとはペラ・ダルル・リズアン博物館へ向かった。街の中心を通り抜けて、途中、この日に泊るホテルの前も通過して20分ほど。

  ペラ州の歴史や自然についての博物館のはずであった。ところが、行ってみると、地元の漫画家の作品などの展示をやっていた。博物館自体が変わったのか、特定期間だけ平常の展示とは別の展示をしてたのかは不明。ひょっとして2階は平常の展示をしてるのかと思ったが、2階は閉鎖されていた。

  建物は英国植民地時代の建築で歴史的に重要。写真でも玄関の上部には漫画のパネルがかかっている。結局、期待ははずれ、30分かけて見学するつもりが、5分ででてきた。
 
   イポーでのホテルはホテルエイビー。写真でホテル右側の道路が駅前から延びるスルタン・イスカンダル通り。撮影している自分の背後にはキンタ川が流れている。

 ホテルに到着した時点でタクシーの利用時間は2時間15分だった。3時間で75リンギットの約束だったので当然75リンギットと考え、75リンギットをドライバーに渡した。ドライバーは15リンギットを返したのだ。とっさに10リンギットだけ受け取り、5リンギットはドライバーに渡した。

  まさかのことだったのでびっくりしたが、時間決めでタクシーに乗った場合、どのタクシーに乗っても同じようなのか、このドライバーのだけのことなのかは不明だが、気持ちよかったのは事実で、自然とチップを渡した形になった。
 
 部屋に入ると、すぐに靴を脱ぐようになっている。この写真の床は、靴を脱いで上がったあとの部分。土足じゃないこともあって、部屋の中はきれいな状態になっている。ベッドは、床から30pほど高い部分に置いてある.

 1つ上の写真でHOTEL ABBYの縦長の看板の左側に丸い窓が写っている。3階の部分の丸い窓が、この部屋の窓だ。
 
 丸窓からの眺め。キンタ川にかかる橋が目の前に見える。橋の向う側が旧市街地。この道路を1kmほど進んだところがイポー駅。

 イポーでは旧市街地にはホテルがほとんどないのだが、観光の対象になる古い建築物やB級グルメの有名店は旧市街地に多いのだ。また、翌日、イポー駅まで歩いて移動するのだが、駅までの距離が比較的短いなどの理由でこのホテルを選んだ。
イポー街歩きとB級グルメ
 ホテルでは30分ほど休憩してすぐに街歩きに出発。キンタ川を渡って、旧市街に入る。古い建物を見ながら街歩きをする。

 さっそく、古い長屋風の建物があった。1階が店舗で2階が住居のようだ。右側の店は日よけのためにじゅうたんを使っている。

 1階は店舗の前が歩道になっていて、2階が屋根となり、雨や日よけになっている。台湾の亭子脚と同じだ。
 
 古そうな石造りの建物には「霹靂華人鉱務公会」 PERAK CHINESE MINING ASSOCIATIONとある。ペラ州の華人の鉱業者の同業団体のようだ。イポーはかつて錫の採掘でにぎわったのだが、錫の採掘業者がここに集っていたのだろう。今はかつての賑わいはないが、華人の鉱業者はここで繋がりを持ってるのだろう。

 下左  真ん中の建物は、2階部分が道路に張り出していて、1階の歩道部分が両側の建物よりも高くなっている。

 下右  観光客向けのカフェや土産物店があった細い路地。中華風の提灯が飾られ、道はきれいに舗装されている。
 
 







 左  プリンで有名な天津茶室にやってきた。店頭の看板にはプリンの絵も描れている、

 上  入口には麺などの調理場があり、カフェというよりは、食堂である。   
 
   席がほぼ埋まっていたが、空いたテーブルを見つけて着席。周囲の客のほとんどは麺類などの料理をとっているようだ。

 下左  白珈琲の色を確かめたくて、ミルクを入れない白珈琲を注文。Iced White Coffee without milk and sugerで通じた。ミルクの色で白くならないようにミルク抜きにしたのだ。

 運ばれてきた白珈琲は黒だった。普通のコーヒーと同じく黒色だ。冷静に考えれば、白いコーヒーなんてあるはずないね。

 後日調べると、焙煎時に少しのマーガリン以外何も加えない焙煎方法をとったので、「何も加えない」ということから「白飯」と同じように「白」にしたらしい。そして英語にするとき、意味は考えずに、白→Whiteとしたからややこしくなったようだ。

 下右  プリンも注文。最初は通じなかった。マレーシアではなのか、この店ではなのかは不明だが、 pudding  ではなく、custard と呼ばれているようだ。

 手作りがあり、固めのプリンだ。白珈琲2.1リンギット、プリン2.8リンギット。計4..9リンギット(約130円)。
 
 
 上左  店舗は閉鎖された建物。左側は住宅としては使われているのかもしれない。

 上右  現在はHSBC。建築当初も銀行であったことを連想させる建築だ。

 左  公園の片隅にこんなものもあった。
 
   旧市街にはウォールアートが各所に描かれている。今回の旅ではペナンのウォールアートは事前に調べていたが、イポーについては、現地についてからガイドブックを読んで知った。

 ウォールアートがどこにあるかインフォメーションへ行って地図をもらった。インフォメーションの建物の向かいに大きなウォールアートがあった。この写真を撮影している自分の背後にインフォメーションがある。

 このあとしばらくは、レトロな建築とウォールアートの双方を探しながらの街歩きになった。
 
 上のコーヒーカップを持った男のウォールアートが描かれている建物の前面がこちら。

 オールドタウン・ホワイトコーヒーの店が入る、レトロな長屋風の建物だ。その建物の側面にコーヒーを飲む男の絵とは遊び心があって楽しくなる。

 下左  もらった地図では、ここの付近のはずだがと思って探していたら、何と。建物の3階くらいの側面に描かれていた。

 下右  絵は、紙飛行機に乗る少年。
 
 
 港で働く人々を描いているのだろうか。Evolutionというタイトル(進化、発展)がついているのだが、どうしてこのタイトルなのかがよくわからない。

 建物の側面に描かれていりのだが、壁が全体的に汚れていて、汚れに中に同化してしまっていて、見つけにくかった。

 下右  正式なウォールアートではなく、カフェが宣伝のために描いた絵のようだ。

 下右  店舗の前の屋根付きの歩道。天井は、2階の床下でもある。
 
 
 
 上左  三輪車は埋め込まれていて、荷物を載せる様子が描かれている。建物の横の路地にあって、見つけにくかった。

 上右  鳥の絵。色がはげかかっていて、見つけにくかった。

 左  天津茶室の北隣の店舗だが、レトロ感のある建築だ。実は、天津茶室のすぐ近くにもウォールアートがあることは、インフォメーションでもらった地図でわかるのだが、結局、絵を見つけ出すことができなかった。
 
 
 上左  先ほど天津茶室に行ったときに、店の前にチェンドルの屋台が出ていたので、あとで食べようと思っていた。天津茶室そのものが閉店していて、屋台もなかった。後日調べたら、天津茶室は16時で閉店になるようだ。先ほど行ったときは15時を過ぎていたはずだ。危ない、危ない。

 上右  古い建築物のなかには解体中のものもあちこちにあった。まだ解体されてなくても、主がいないのか、放置され、荒れるばかりといったものも多かった。

 左  キンタ川を渡り新市街側へ。ホテルの少し南にあるテンガーモスク。
 
  テンガーモスクの北側の一帯には、いたるところの壁に絵が描いてあった。旧市街のウォールアートが専門家に依頼して描かれたものだが、こちらは誰が描いたものだろうか。

 ホテルに戻り、2時間ほど休憩した。
 
  2時間ホテルで休むと、あたりは真っ暗。ホテルから10分ほど歩くが、新市街側は建物はありふれていて、面白みに欠ける。

 やがてロウウォンに到着。イポー名物、タウゲ(もやし)とチキンライスの有名店だ。道路上にもテーブルがたくさんでているが、座る場所を探すのに苦労するほどにぎわっていた。

 下左  店内の様子。店内のテーブルは少ないが、店外にとても多く出ているようだ。結局、1人で食事してる現地民に相席させてもらう。調理場の中がよく見える席だ。

 下右  飲物は、店員が盆に2種類のせて動き回っていたので、アイスティーらしきものを選んだ。甘いだけじゃなく、さわやか感もある。単なるジャスミンティーじゃなく、酸梅湯に近い印象だ。もう1種類は、アイスコーヒーに見えたのだが。これも仙草か何か薬草の入った茶かもしれない。
 
 
 チキンライスとタウゲ(もやし)を食べるつもりできたが、まわりを見ると、ほとんどの客もチキンライスか麺とタウゲだった。

 チキンライスを注文すると、チキンとライスを同じ皿にのせるのか、別々の皿にするのか尋ねられた。これは考えていなかったが、ご飯の味を確かめるには別々のほうがよくわかると考え、別々で注文した。

 運ばれてきたチキンは予想以上のボリュームがあった。汁がかなり出ていたので、別々にしてよかった。この汁はかなり濃い味で、美味しい。
 
 逆に、ご飯はチキン味がでているのを感じるが、味はあまりしない。濃い味のチキンと一緒に食べると、美味しく感じるように工夫されているのだろう。

 米の麺も美味しいらしい。麺も注文してもよかったのだが、この時点では、ほかの屋台街に行って何か食べようと思ってたので、麺は食べなかった。結果論だが、行くつもりだった屋台街がやていなかったので、麺を食べればよかったのだが。
 
 タウゲ(もやし)も運ばれてきた。調理場を見ていたら、さっと熱いスープに通している。これで下味をつけてるようだ。たぶん、チキンライスの味付けに使われるスープと同じなのだろう。そして濃い味の汁がかけてあって、この汁の味で美味しく思うのだろう。

 下左  とうがらしが別皿で運ばれてきたのだが、使わなかった。

 下右  もやしは短めだ。
 
 
 調理場の様子。チキンを丸いまな板で切っているところのようだ。

 下左  ロウウォンがあるあたりから夜市がはじまる。道の両側に露店が出るか、道に面した店がテーブルを出すかしている。

 下右  露店の多くは衣料や雑貨で、食べ物を売っている店はほとんどない。飲物を売っている店はところどころにある。
 
 
 夜市の一番北の入口。

 下左  ガイドブックで屋台街があると表示されていたところへ行ったのだが、真っ暗。

 週末だけ屋台が出るのかもしれないし、屋台街が移転したのかもしれない。ロウウォンのあった通りの夜市はガイドブックでは表示されていなかったのとは逆だ。

 下右  屋台街で食べることができなかったので、かわりにビールと菓子を買って、ホテルで食べた。
 

 

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