7   ペ ナ ン 街 歩 き そ の 1

 

ナシカンダール食べて街歩き
 上左  朝食に出かけたのはホテルのすぐ近くのナシカンダールの店「ラインクリアー」。両側の建物の間にトタン板の屋根をとりつけただけのような簡素なつくりの店舗だ。

 ナシカンダールは、”カレーがけのぶっかけ飯”。かつてペナン訪問のとき、長い行列だったので、隣のインド料理店に入ったことがある。この日は開店して間もないのか誰も客がいなかった。

 上右  入店すると、左側は調理場、右側はおかずの並んだケースやキャッシャーがあって、その間をつきすすむ。

  左  着席後、メニューが渡されたが、文字だけではよくわからないので、おかずの並ぶケースまで行って、盛り合わせるおかずを選んだ。店員はしきりに、手前にあるフィッシュヘッドを勧めてきたのだが、値段が高いわりに食べる部分は少なそうに思えたのでパス。
 
  上左  席は多く、昼食時などは来店者が多いのだろう。店の裏手には広い駐車場もあった。

 上右  飲物はアイスミククティーを注文。

 左  できあがったナシカンダール。チキンカツ、キャベツ、オクラを指示するところまでは横で見ていたのだが、運ばれてきたときにはカレーがかけられていた。カレーは3種類の違ったものがかけられていたようだ。
 
 ペナンで一番目立つビルであるコムタに隣接してバスターミナルがあり、バトゥフェリンギや空港に行くバスを確かめるために向った。

 途中にペナンではほかではフェリー乗場近くくらいしか見ない歩道橋があり、そこからレトロな長屋風の建物を撮影した。

 下左  バスターミナルでバトlゥフェリンギや空港に向かうバスの乗場を確認しておいた。

 下右  無料バスでフェリー乗場近くへ。無料バスは外観は一般のバスと違いはなく、行先の代わりに CAT PENANG  FREE CAT BUS と表示されている。どうしてCATなのかはわからなかった。
 
 上左  まずインフォメーションに行って、ウォールアートの場所を示した地図をゲット。

 そのあと、街歩きスタート。以前のペナン訪問時にはなかった「食物狂想館」があったので、入ってみた。25リンギット。

 上右  ペナンで食べられる料理についての展示だ。

 左  ウォールアート。前回ペナンを訪問した2012年にはまだなかった。

 ペナンの旧市街地のいたるところに設置されて、観光対象になっている。画家が描いた原画をもとに、壁から10pほど離して、鉄線で作ってある。残念なのは、太陽の位置によっては、鉄線の影が映って、絵が見にくくなっていた場合もあったことだ。

 
 
  上左  インド人街を歩くと、スパイスを売っている店があり、刺激的なにおいがする。

 上右  花飾りを売っている店もインド人街でよくみかける。花飾りは花に糸を通して輪にしてある。大部分は、同じ種類の同じ色の花をつなげてある。

 花飾りは寺院や自宅で神様へのお供えとして使われる。

 左  花屋では花だけを切り離して、輪につなぐ作業が行われていた。
 
 このウォールアートには仏教の僧侶が描かれている。このウォールアートのあったのは仏教寺院の外壁だった。アートの内容と建物の種類なども考慮されているのだろう。

 下左  これなどは、影ができているために、絵そのものがよくわからなくなってしまった例である。

 下右  ウォールアートの設置場所だが、多くが建物の側面にあり、表通りだけを見て歩いていたのでは見逃してしまいがちだ。
 
  上左  ナゴール寺院。ガイドブックで位置が間違っていたのでよくわからなかった。イスラムのモスク。ペナンで一番古いモスクだという。
 
  上右  華人は同じ性を名乗るものたちの集団をもっている。ここも同性の集団が先祖を祀る廟になっている。

 ここは伍氏家廟なのだが、ほかにいろいろな性の集団が廟をつくっている。

  左  マハ・マリアマン寺院。入口が閉ざされ、中は見ることができなかった。ペナンで最古のヒンドゥー寺院だという。

  ごく狭い範囲に、モスク、華人の廟、ヒンドゥー寺院があり、多民族、多宗教国家であるマレーシアを実感できるエリアだ。 
 上左  歩き疲れたので、たまたま見かけた食堂に入る。

 昼食は雲吞麺ドライ。麺には焼豚と青菜がのっていて、スープには雲吞が2個。雲吞麺ドライのスタンダードな形だ。

 上右  飲物はアイスティー。何も言わなかったので、甘いのが出された。

 左  午後は英国時代につくられたコロニアル建築を見て歩くことにする。

 まず、セント・ジョージ教会。中に入ってしばらく一休み。休憩場所に使わせてもらった。
 
 
 
 
 上左  ペナン博物館に行ってみたら、金網で囲まれて中には入れなくなっていた。17年前には入ったことがある。

 上右  修復工事をしているようだ。一時的に別の場所で展示もしているようだ。リニューアルされたら、また行ってみよう。

 左  高等裁判所。付近のコロニアル建築の中でも、自分としては一番きれいだと思う。現役の裁判所なので、外観を見るだけである。
 
 
 
 すぐ近くに学校があり、そこの生徒だろうか。白のスカーフと服が制服なのだろうか。

 下左  ペナン市庁舎。ここも英国時代の白い建築。

 下右  入ったところで展示をしていて、入ってみた。内部も少し見えて、階段も風格がある。内部も白が基調のようだ。

 
 
 
 
 
 上左  戦争慰霊碑。第一次世界大戦時の英国軍兵士の慰霊碑のようだ。

 上右  島の北側の海岸。埋め立てが進んでいて、この風景も見られなくなるかもしれない。

 左  コーンウォーリス要塞。修復工事中で入場できなかった。17年前にきたときには入場した。機会があればまた入ってみたい。
 
 
 上左  ランカウイなどに向うフェリー乗場近くにある、ビクトリア・メモリアル時計塔。かつて大型船が入港した時に、この時計塔が目立つように建てられたのだろう。

 上右  港の倉庫の壁に沿って歩くと、壁の上部にもウォールアートがあった。

 左  英国時代のイミグレーション。
 バタワースへのフェリー乗場の近くにある旧マレー鉄道ビル。切符を売るなど駅の役割を果たしていたらしい。現在は税関として使われている。

 下左  コロニアル建築めぐりは終わり、あとはウォールアートを見ながらホテルに戻ることにしよう。

 実物の植物の横に同じ種類の植物をウォールアートで作ってある。

 下右   トライショー。ここは特に人気があって、写真を撮る人が次々にやってきていた。
 
 
 味のあるレトロな建築だが、扉は閉まり主は住んでいないようだ。今後どうなるのだろうか。こういう建物もあちこちにある。

 下左  これは標識を取り入れている。

 下右  図柄が少し離れたところにあるが、合わせて1つのウォールアートだった。

 17時ごろにホテルに戻り、1時間ほど休憩。
 
白咖喱麺は白だったけど、、
   この日も、前日に引き続いてネット仲間のkimcafeさんとのオフ会。18時にホテルのロビーで待合せ。

 向った先はkimcafeさんが、自分より1日早くペナンに到着した夜にいらっしゃったというフードコート。

 主食になるものは別々にとって食べ、おかずを何種類か一緒に食べてみようということになった。

 
 
 自分の主食は白咖喱麺(ホワイトカリーミー)にした。

  6リンギットの大を注文。白咖喱麺はペナン滞在中、ほかの店でもやっていたので、ペナンでは一般的な麺だと知った。

    しばらくして出来上がった白咖喱麺は、色は白だということは知っていたが、実際に目の前の丼を見て、白いことを確かめると感激。白いカレーがあるとは信じられなかったので。
 
 味はというと、まったく辛くなかった。香辛料として白くて辛くないものを使っているのだろう。辛くないので、日本のトンコツラーメンを食べている感じだ。もっとも、トンコツラーメンのようなコクはないのだが。

 ただ、この食べ方は間違っていたようだ。唐辛子ペーストのようなものを入れて食べるのが普通の食べ方のようだ。

 この記事を書いていて気づいたのだが、1つ上の白咖喱麺の店の写真をよく見れば、レンゲにドバッと唐辛子ペーストみたいな赤いものが入っている。自分が注文したときは、左の写真のようにレンゲには何も入っていない。おそらくテーブル上の香辛料を入れて食べるという食べ方を、あたり前だから知っていると思われていたのだろう。

 後日談だが、この旅行のあとの別の旅行のさい、乗継の関係でKLIAで1泊する必要があり、空港内の店で白咖喱麺を食べた。このときは香辛料が混ぜられて茶色い状態で出された。自分は、料理を間違えられたと思い、間違いじゃないか言ったのだが、注文の品だと言われた。その店ではどうせ混ぜるのだがら、最初から混ぜておこうということだったようだ。


 
 
 
 上左  薄餅。野菜の春巻を揚げたもの。

 上右  カキ餅。お好み焼のようなものの上に揚げたカキが置いてある。

 kimcafeさんは主食を豚肉炒めにされたのだが、イマイチだったということだ.

 左  フードコートを出て、前日と同じカフェでカールスバーグを飲んだ。フードコートからカフェへと話はつきることがなかった.

 kimcafeさんとの話で、このカフェの近所で、おでんのようなロクロクの屋台が出ていることや、朝にはフランス人がナシレマを売っていることがわかり、試してみることにした。

 翌日の約束をしてこの日は散会.
 kimcafeさんと別れたあと、さっそくロクロクの屋台へ。

 さまざまなものが串にさしてある。串の端には色がつけてあって、値段の計算に使われていた。
 
 串はこの鍋で湯に通す。串をずっと持っていると熱いし、手放すと湯の中に串が沈んでしまう。また、串から具が外れてしまうこともあり、なかなか難易度が高い。

 下左、下右、下下左  食べた串の一例。ビニールをかぶせた皿を渡されるので、そこで食べる。

 下下右  食後に残った串。5本で5リンギット程度。
 
 

 

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