10    伊 江 島

 

 部屋の窓からは、名護市民球場、その向こうに名護湾が見える。

 この日は本部(もとぶ)港からのフェリーに乗って伊江島へ行く。

 下左   建物全体の中央部は吹き抜けだった。ただし最上部には透明の屋根があるようだが、

 下右   朝食会場。
 
 朝食はビュッフェ式で、沖縄料理もあっていい。

 下左   ご飯類でいただいたのは、「フーチバー(よもぎ)のぼろぼろじゅうしぃ」。じゅうしぃは、炊き込みご飯が有名だが、雑炊の場合もある。雑炊の場合は、ぼろぼろじゅうしぃと区別することもあるようだ。

 下右   コーヒーとデザート。
 
 
 
 
 
 上   名護から本部方面へのバスは、いったん2km東の十字街に立寄ってから、西へ向かう。泊まっているゆがふいんから本部方面へのバスは「北農前」から乗る方がバスターミナルから乗るより20分ほど節約できる。それで「北農前」に向かった。

 左   「北農」とは北部農林高校のこと。
 
 
 
 上左   北農前バス停。

 上右   本部半島を一周するバスに乗車。

 左   本部港で下車。港のターミナルはバス停の目の前にある。すぐに乗船券を買う。
 往復乗船券。
 
 伊江島行きフェリー。冬ダイヤでも1日4往復あり本部港9時発の1便目で島に向かい、伊江島16時発の4便目で戻るつもり。

 下左   船尾の車の出入口から船内へ。

 下右   客室。

 
 
 
 
 30分で伊江島に到着。

 ”タッチュー”と呼ばれる城山がそびえている。台地状の伊江島で唯一の山。

 ここには上るつもりだったのだが、この高さと斜面が急なのを見て、上がる気がなくなってきた。
 
 フェリーに接続して路線バスが運行されている。終点まで乗車し、歩いて途中まで戻り、バスで港の近くまで戻るつもりだ。

 下左   20分乗車し、終点の「真謝(まじゃ)入口」。

 下右   特に何もない中を島の北西の海岸へ歩く。
 
 
 
 間もなく左手に IE SHIMA TRAINING FACILITY の敷地があった。訓練施設ということだが、どんなことをしているのだろう。

 下左   島の北西の海に面した湧出(わじぃー)展望台に到着。

 下右   少し離れたところから見ると高さ50mくらいの崖の上に位置していることがわかる。
 
 崖の下に真水の井戸があって、昔から住民に利用されてきた。それが湧出。海岸近くに建造物があるが、ここに水源がある。

 米軍によって、ここへの道路と送水管が造られた。現在でも島の水源のひとつとして使われている。
 
 先ほどとは別の道を歩いてバスの下車地点へ戻る。

 先ほど見た米軍施設の裏側の境界だろうか。坂の上だが、きちんとした道がついている。
 
 沖縄土産で有名な「紅イモタルト」用の紅イモ畑らしい。

 下  団結道場。

 米軍用地になった土地の所有者が基地の撤去を求める運動をしていて、その拠点の施設。
 
 
 上   団結道場の裏側。

 左   補助飛行場の滑走路南端。自分の立つ位置から後方は普通の道になっている。補助飛行場の滑走路は立入ができて、トラクターなども通っていた。
 
 滑走路の南側に続く道を歩き、島の南側を結ぶ道路に出た。ここからさらに南に向かい、ニャティァ洞をめざす。
 
 崖を海岸近くまで下りていく。
 
 ニャティア洞。中には拝所もあった。
 
 GIビーチ。島の南側のビーチ、

 下左   西崎入口バス停。ここは”にしざき”と読むそうだ。

 下右   12時3分発のバスに乗車。2時間かけて6qほど歩いた。
 
 
 島村屋観光農園前で下車。バス停をおりたところが島村屋観光公園。400円払って入場。

 下左   庭園。ハンドゥー小の像。島村屋の息子が国頭に行き、遭難したが辺土名でハンドぅー小に助けられた。2人は恋に落ちたが、息子は島に連れ戻された。その後、ハンドゥ―小が島にきたが、すでに息子は妻子があり、ハンドゥー小は自害し、亡霊となったという物語にもつづく。

 下右   小さなミュージアム。民具が中心で、雑多なものがあったが、写真は引き上げられた魚雷除去具。
 
 
 見学後に、さんぴん茶と黒糖、ピーナツ菓子をいただいた。お土産に右下のピーナツもいただいた。

 有料の施設にしては内容がイマイチじゃないかと思っていたが、これで印象がかわった。それでも、まぁまぁだった感じだが。
 芳魂之塔。

 伊江島で戦死し軍人2000人、島民1500人の慰霊碑。
 公益質屋跡。

 かつての村営の質屋で、コンクリート製だったこともあり、大戦時の建物で島で唯一残っている。
 銃弾跡が生々しく残っている。
 
 公益質屋から城山(別名”タッチュー”)に向かって歩き麓へ。フェリーから見たときはとてつも高く思えたのだが、島全体が台地の上にある島なので、ここの場所だと城山の高さの半分ほどは上がっているわかった。上がってみよう。

 城山に上がる前に、昼食をとろうと目星をつけていた「島の駅」へ。定休日ではないが休業だった。ここは「島の駅〇〇」といったものではなく、店の名は「島の駅」だ。

 下左   「島の駅」の横から出ている車道で中腹まで上がった。

 上右   中腹からは階段を上がる。急傾斜だが整備されていて危険ではなかった。
 
 
 
 上   頂上では360度、どの方向もさえぎるものがない。ここが島で唯一の山なので、どの方角もよく見える。

 午前中歩いた島の西の方を見る。

 左   頂上には四等三角点があった。
 
 南側と東側は絶壁になっていて、近付くのも怖い。

 写真は東側で海を隔てて、本部半島が見える。美ら海水族館のあたりだろう。
 
 中腹まで下り、伊江ソーダの黒を飲む。ほかに白、赤、緑があった。黒は、黒糖コーラだということだが、コーラの感じはしなかった。黒糖味の炭酸飲料って感じだった。

 ラベルを見ると、”タッチュー”の絵が描かれている。伊江島に行った人ならわかるが、行ったことがない人にはわからないだろうな。自分もこの日、初めて見たし。
 
 
 
 上左   伊江村役場。

 上右   アーニーパイル記念碑。アーニーパイルは第2次大戦時の従軍記者。ピューリッツァー賞を受章した著名な記者らしい。伊江島で戦死した。戦後、那覇にアーニーパイル国際劇場という映画館がつくられたが、これが国際通りの由来。

 左   帰りのフェリー。
 
 本部港に戻り、うまい具合にやってきた名護行きに乗車。北農前で下車し宿へ。
 
 宿で1時間ほど休憩後、夕食に出かけた。

 翌日は、ヤンバル急行バスに乗車するので、バス停を確かめに行った。そのバス停の近くの居酒屋「チョンダラー」に入店。
 
 泡盛「美しき古里」。720ml入りの瓶が980円というフェアをやっていたので注文した。

 ミネラルウォーターと氷の代金も必要だったが、泡盛の水割り3杯よりは安いのでお得だった。

 720ml全部を飲むことは出来なかったので、宿に持ち帰り、2、3日かけて飲んだ。

 下左   お通しのポテトサラダ。

 下右   醸造元は今帰仁村の今帰仁酒造。
 
 
 
 カツオたたきサラダ。

 カツオたたきを野菜と一緒に食べる感じ。
 
 ハイケイ。

 ハイケイとは、卵を生み終わった鶏の炭火焼。沖縄でも北部だけの料理。
 
 ゴーヤチャンプル。

 泡盛の残りも持って宿に戻った。
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