10 日 目 キ ア ン ガ ン
Yamashita Shrine と日本軍が降伏した小屋 |
この日はキアンガンに向う。キアンガンは太平洋戦争時にフィリピンの日本軍が降伏し戦争が終わった場所だ。その紀念館などを見に行く。出発は8時なので前日よりゆっくりできる。 朝食は7時にとった。ロンガニーサ(フィリピン風のソーセージ)、目玉焼き、チャーハン、あとコーヒー。 |
コーヒー。 メニューは新しい値段のものに変わっているのかと思ったら、相変わらず前の値段のものがまだ置かれていた。食べたあとで、書かれている通りの170ペソを払うと、値上がりしたと190ペソ請求された。いい加減、嫌になって、この日の昼食からは、隣のホテルにもレストランが併設されているので、そちらを利用しよう。 |
この日のトライシクル。ドライバーは前日のドライバーの弟だという。 最初はこの日はジプニーを使ってキアンガンに向うつもりだった。バナウェからラガウェまで1時間、ラガウェからキアンガンまで30分、キアンガンの村の中を見たあと、トライシクルをひろって棚田へ行き、逆コースで帰るつもりだった。 前日にドライバーからキアンガンへトライシクルを使わないか提案があり、値段の関係で迷ったが、ジプニーの乗継や寂しそうなキアンガンで棚田へのトライシクルが見つかるかってあたりも考え、チャーターした。 |
キアンガンまではカーブが多く傾斜もあって、快適とはいえないが、1時間ほどで着いた。 まず、戦争記念平和公園へ。真ん中の塔が平和記念塔。通称、Yamashita Shrine すなわち山下神社になる。 山下陸軍大将は、太平洋戦争時、緒戦でシンガポール占領したさいのことがよく知られている。一方、フィリピンでの戦争の終了時には、ここキアンガンで降伏したことはあまり知られていない。その後、山下大将はバギオで死刑判決をうけた。その山下大将を祀っているのか、そんなことはないだろうと疑問を持ちながら、訪れたのだった。 |
階段を上がり、塔の上がり口までやってきた。左右にあるスロープを上がると、裏側に塔への階段への入口がある。 その前に塔の前面にある壁画を見た。台形をした塔の下部に茶色い部分が見える。その下部に、濃い茶色で何か描いてある部分が見える。この濃い茶色の部分に日本軍のフィリピンでの戦いの模様が描かれているのだ。そのために、ここがYamashita Shrine と呼ばれるようになったのだと理解した。 |
日本軍の兵士が、フィリピン人から銃を受け取っているような場面が壁画の一部にある。日本軍によるフィリピンの占領をあらわすのだろうか。 下左 日本軍の兵士が銃剣を突き出す姿とその下にうずくまっているフィリピン人が描かれている。 下右 壁画の全体。細かく見ないと何が描かれているか意味不明。日本軍による占領で苦しめられたということを描いた壁画で、山下大将をたたえているのではない。単に山下大将を日本軍の代表人物ととらえてYamashita Shrine なのだろう。 |
塔に上がり、公園の全体を見る。広場は式典に使われるのだろう。手前に式典のときのステージがある。写真左上の建物が博物館。 下左 キアンガンの村。写真真ん中の山の向こう側にかすかにラガウェの街が見える。 下右 博物館の中。少数民族の文化の展示がメインであった。戦争に関係した展示はなかった。 |
トライシクルで10分ほど行ったところのナマンガンの棚田。 すでに見たバタッドの棚田などに比べて規模が小さく、傾斜もゆるやかなためか、感動しなくなっていた。ちょっと期待外れだった。 とはいえ、ここは前日に行ったバタッド、バンガアン、翌日行くバハンと並んで世界遺産なのだ。バナウェにやってきて、すぐに向かったビューポイントの棚田は世界遺産ではないが、ここよりは規模が大きい。世界遺産の棚田とそうじゃない棚田の違いって何なのだろう。 |
ドライバーに、追加料金がいるけれども面白い場所があると言われて、行ってみることにした。棚田からさらに5分ほど。 インブリクリックという大きな岩。巨大な一個の岩だけれども、高さは6階建ての建物ほどある。岩の裏側に階段があるが、上がるのはなかなか大変だった。 |
さきほど見たナマンガンの棚田がかなり下のほうに見える。そのほかは山の中って感じで、小さい棚田が少し見られるけれども、あとは山林。 |
フィリピンの日本軍は終戦の日以降も山間部に逃れ、降伏したのは1945年9月2日。降伏交渉が行われたのが、キアンガンのこの小屋。正式な降伏は9月3日にバギオのキャンプ・ジョン・ヘイにある米軍施設で行われている。この旅ではバギオでキャンプ・ジョン・ヘイにも行ったが、降伏のセレモニーの場所はわからなかった。 この小屋が平和博物館になっていて、戦争関係の写真展示などを行っている。小屋の下は小学校の校庭のようだ。写真の左手には小学校がある。 |
上左 小屋の近くから撮影。 上右 小屋の前にあるPEACEの石碑。解説文には、ここで山下大将が降伏したことなどが記されている。 左 かつての小屋。当時の建物がそのまま保存されているのではなく、改築されているようだ。 |
展示場の中。真ん中が出入口。写真の展示が中心。 |
2005年にフィリピンでの戦争終結60周年の式典が、先ほど行った戦争平和記念公園で行われた。そのときの写真で、当時のアロヨ大統領がやってきている。 このあと、バナウェに戻った。ウヤミズに着いたのが13時。ジプニーを利用していたら、こんなに早くは帰れず、1日がかりになっていただろう。 |
バナウェの博物館を見る |
上左 ウヤミズのレストランはもう嫌だと思っていたが、もう昼食時間もすぎて早く食べたかったので昼食はウヤミズでとった。 パンシット・ビーフン。日本で食べる焼ビーフンと味も見た目もまったく同じだ。 上右 サンミゲル。 左 午後は、バナウェに2ヶ所ある博物館を見に行こう。まずは、バナウェ博物館へ。 バナウェの集落の一番高いところにあるバナウェ・ビューホテルの中にある。坂道を上がっていった先のホテルの2階にあるが、1階の売店で店員に言って開けてもらった。 |
少数民族の1つ、イフガオ族の文化についての展示が中心。 イフガオ族が使った狩猟道具や装飾品などが並べられている。ただ、何なのかという説明がほとんどない。漫然と置いていあるだけという感じ。 一番興味深かったのは、結婚式の写真。中央の2人の子供が結婚したようで、この写真ではよく写っていないが、手に鶏を持っている。昔のバナウェの写真など、写真は面白かった。 |
この博物館からの眺望はよかったが、傾斜があまりに急なところなので、バナウェの集落は、写真の下部の真ん中の建物に邪魔されてよくわからない。谷を挟んで、バナウェの対岸はよくわかる。 |
上左 続いてコルディレラ彫刻博物館へ。3kmほどあり、時間はじゅうぶんにあるので、ブラブラ歩い行った。こちらも坂道を上がった上にあった。ドアを開けてもらって入る。200ペソと料金がとても高い。記帳した名簿を見ると、この5日間、客がいなかったようだ。 上右 イフガオ族の彫刻品に特化した博物館。驚いたのは、頭蓋骨を使った置物がいくつもあったこと。かつて、首狩り族であったと言われている。ちょっと恐ろしい置物だ。 左 室内の全景。さまざまな工芸品があるのだが、ここも無秩序に置いてあるって感じ。ただ、品名を書いた札だけはあった。 |
上左 博物館めぐりのあとウヤミズで2時間ほど、休憩。 夜になって夕食は、ウヤミズはやめて、隣のホテル「ピープルズロッジ&レストラン」の1階のレストランに行った。19時30分ごろだったが、外はほとんど夜中のように静まり、ほかの店はみな閉まっていた。 上右 飲物はサンミゲルライト。 左 アフリターダ。チキンとじゃがいもなどの野菜をトマト味で煮込んだもの。 |
夕食の全景。 下左 フルーツを注文したらバナナだけがでてきたのかと思った。 下右 バナナを少し食べるとその下にほかのフルーツがでてきた。たぶん缶詰だろう。 値段はウヤミズの値上がり前と同じくらいだった。この日が、ウヤミズの3泊目で最後の泊まりだ。 |