8日目 ゲ タ リ ア
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魚料理を食べにゲタリアへ |
この日は、朝バルの予定だった。バルは昼食時からの開店が普通だが、ごく一部のバルは朝から営業しているのだ。それで、朝から営業しているバルで朝食のつもりだった。 その計画は失敗。朝寝坊してしまったのだ。起きると9時30分。シャワーを浴びたりして、ホテルをでたのは10時30分。朝バルは中止。 昼食はゲタリアでとるつもりだったので、ゲタリア行きのバス乗場に向かった。ここで2度目の失敗。 ガイドブックを信用しすぎた。ゲタリア行きのバス停と書いているところで、長く待っていたが、なかなかこない。バス停にも表示がない。不審に思って、地元民に尋ねて、正しい乗場に行けたが、目の前でバスが出発。 20分後に、またバスがやってきて、ドライバーにゲタリアに行くか確認して写真のバスに乗車。 |
バスは連接車。郊外まで行くバスでは珍しいのではないか。 出発してしばらくして、また失敗していたことに気づいた。このバスは、一般道を行くバスで1時間少々かかるバスだった。すぐあとに、高速道路利用のバスがあり、そちらなら40分で行けたのだ。路線図を見ていて、気づいてはいたのだが、系統番号が似ていて、乗車すべきバスを勘違いしたようだ。 |
ゲタリアが近づいてくると海岸べりの道路を走り眺めがよい。 いよいよゲタリア。丘の上の村と海の中の山の間に村の中心があり、手前に港が広がっている。 |
13時すぎにゲタリア到着。 村の中心にバス停がある。Y字路のところに、2つの道路に挟まれた建物があるが、そこが目指すレストラン。13時開店なので、10分ほど遅れただけで到着。 |
レストラン「エルカノ」。ゲタリアは小さな漁村で、このレストランも大衆食堂的な店を想像していたので、思っていたよりも高級感のある店で少し驚いた。 |
玄関先ではヒラメを炭火で焼いていて、このあたりは大衆食堂っぽい一面もある。 中に入ると、空席が見えたが、予約客で満席だといわれた。14時30分からの予約ならとれるといわれたので、予約を入れて、それまで村の中を散歩することにした。 |
上左 村のメインストリート、っても細い路地なのだが、を歩いてサン・サルバドール教会へ。路地の突き当りに鐘楼だけが見えるので迷わない。 上右 全景を撮れる場所はなかなかなくて、これが比較的写せたもの。 左 内部。小さな窓から差し込む光が幻想的。座席の真ん中の通路がなぜか、祭壇の中央と一致していないようだ。 |
上左 祭壇は簡素だが、2階があり、2階にも祭壇がある。 14世紀に、ギプスコアの議会が初めて開かれた場所でもある。 上右 ステンドグラスは青を基調としていて、しかも宗教画ではなく、現代的なデザインだ。 左 漁港。 |
海に突き出た半島の先は山がある。おそらく独立した島であったのが、漁港付近に土砂がたまったために陸続きになったのだろう。 |
レストランの名にもなっているエルカノの像。 エルカノはマゼランの世界周航のメンバーで、マゼランがフィリピンで亡くなったあと、リーダーとして世界周航をなしとげた人物。エルカノはゲタリアの出身だったのだ。 |
上左 バス道路を隔てて、山側には階段とエスカレーターで上に上れるようになっていた。 上右 最上部まで上がってみた。 左 最上部から漁港を見下ろす。漁港の手前に何か記念碑のようなものがあった。 最上部までの途中にはクリストバル・バレンシアガの博物館がある。ファションデザイナーとして有名で、ブランド「バレンシアガ」の創始者。活動場所はパリだったが、出身はゲタリア。興味なかったのでパス。 |
上左 記念碑らしきものへ行ってみた。世界周航の記念碑で、1925年に建てられたもの。 上右 最上部の塔のそばまで上がれた。エルカノの像ではなく、何かよくわからないものだった。その下には、世界周航を遂げた18人の名前が書かれていた。 左 村の中を回ってエルカノに戻ると14時30分を少し回った。予約席が用意されていた。14時30分からの客も多いようで、長居している客と合わせてほぼ満席。 |
上左 赤ワインだけれどもと言ってすすめられたグラスワイン。 上右 パンはかなり大きなものだった。 左 定食があれば定食にしたが、定食がなく、個別に注文。 前菜は、ロブスターのマリネをハーフで注文。あまりにわすかの量だったので、ちょっと残念感がただよった。 |
拡大したもの。 一口食べてみて、美味しいことに気づいた。でもたいして味あわないうちに食べてしまった。 これだけで13ユーロ(約1650円)だったので、美味しいはいえ、値段相応だったかはなんともいえない。フルで注文していれば、食べ応えはあったろうが、値段は22ユーロだし、悩むところだ。 |
魚のスープ。 これも小さな容器ででてきたので、量の少なさに驚いた。 shotで注文したのだが、フルで注文してもよかった。注文時には、フルは中華料理のスープを連想していたのだ。フルだと12ユーロ、shotだと5ユーロなので、量がわかっていれば、フルでもよかったかなと思う。 |
メインはヒラメが食べたかったので、ヒラメの小さなもので注文した。すると、調理場に小さなヒラメがあるか調べに行ってくれた。 残念ながら、小さなヒラメはなかった。この日、焼ける一番小さなヒラメでいくらかを聞いたが、その値段と、たぶん半分くらいしか食べられないと思い、ヒラメは断念。 かわりに勧められたのがメルルーサ。だが、運ばれてきたのをみて、また小ささにがっくし。 |
拡大したもの。 これもフルとハーフがあり、ハーフで注文したのだ。フルは20ユーロ、ハーフは12ユーロ。 どの料理も、フルで注文して量的にはちょうどよかったかなっと感じた。 |
アイスクリ−ム。 |
エスプレッソ。クッキーと生チョコがついていた。 食べ終わると、17時近かった。全部合わせて約60ユーロ(約7500円)。今回の旅では、一番高い食事になったが、美味しかった。 下左 再び港まで散歩したりして過ごしてから、バス停に戻った。 バス停のそばにも、エルカノの像があった。 下右 18時ごろのバスに乗車。高速道路経由のバスだったので、40分でサン・セバスティアンに戻った。 |
夜はサン・セバスティアンで再び”バルめぐり” |
19時すぎにホテルに戻り、2時間ほど休憩。昼食が遅い時間だったので、夕食が食べられるかなと思ったが、量が少なかったので、お腹がすいてきた。21時過ぎに”バルめぐり”に出かけた。 1軒目は、TXEPETXA(チェペチャ) 。 |
上左 カウンターにピンチョスが並べられているタイプの店だ。 上右 飲物はシードル。 左 ヒルダ。 アンチョビ、オリーブ、とうがらしを串刺ししたもの。たいていのバルにはおかれている。 |
イワシのピンチョス2種。 サワークリームがのったものとキャビアがのったものを選んだ。ほかにもイワシのピンチョスがいろいろとあった。 この店は、イワシとアンチョビーのピンチョスで知られた店のようだ。 |
バカリャウのコロッケ。 バカリャウ(干しダラ)をクリームで煮たものを詰めてある。 全部で約12ユーロ(約1500円)。 |
2軒目は、La
Chchara de San Termo(ラ・クチャーラ・デ・サン・テルモ)。 下左 カウンターにはピンチョスがなく、すべて注文するタイプの店。 下右 飲物はカーニャ。 |
ナバーハス(マテ貝)。 細長いスティック状の貝だ。今まで食べたことがなく、初挑戦。にんにくと塩、バターで味付けしてある。弾力があるが、簡単にかみ切れる。 |
タコの足。 かなり大きなタコなのだろう。食べ応えあり。 昼食が遅かったため、昼食の量が少な目といえども、この日はこれが限界であった。 全部で20ユーロ(約2500円)。ナバーハスが高かった。 ホテルへ戻ると23時。 |
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