5 日 目 肘 折 温 泉 |
新 庄 へ |
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![]() "すき焼き"のまち米沢、とある。でも写真は牛鍋のようだ。はじめに牛肉を焼くすき焼きに対して、鍋でほかの具とともに牛肉を煮る牛鍋。これはどうみても牛鍋だ。 ひょっとしたら、すき焼きと牛鍋はあまり区別されていないのかもしれない。店によっては、すき焼きを注文して、出てくるのは牛鍋ってことがあるのかもしれない。 |
![]() 何と、1992年の山形新幹線開業時のシルバーの塗色に変えたE3系にあたった。1編成だけの変更なので、偶然遭遇できてラッキー。 |
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![]() 左 車内。下車時に撮影したので、人が写っていない。 下 10時53分、新庄着。 左は、乗車してきたリバイバル塗装のE3系。右は、先発の2024年から投入されはじめたE8系。 |
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![]() 1、2番線は、軌間が新幹線用の1435mm、3、4番線は従来の1067mmなので、直通できず、間に通路がつくられていた。訪問時は、横手、酒田、鳴子温泉方面は、どれもしばらくバスになり使われていなかった。 |
![]() 酒田方面も水害があったのだが、水害発生前から、工事のために代行バスが運行され、現在も続いている。 今回の旅では、鳴子温泉に行くことも検討したが、代行バスの本数が少ないうえ、所要時間も長くなるので、鳴子温泉は見送った。 |
![]() コインロッカーに荷物を預けて、街歩きに出発。 |
新庄を街歩き |
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![]() ここは前年の水害で、電気設備が故障し、休館していたが、1月11日午後1時から一部開館ということで、12日にやってきた。 |
![]() 2024年8月の新庄まつりの最優秀山車などが展示されていた。 大部分の部屋はまだ開いていなかった。 |
![]() 山形の最上義光の死後、内紛があり、最上氏は改易され。大名から旗本に陥落した。 新庄には、戸沢政盛が入り、新庄城が築城された。 |
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![]() 昭和の食堂の雰囲気。国鉄でこの地には"特急"がなかったころに"急行"と名付けられたのだろうな。 |
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![]() 夜行列車には数多く乗って"宿かわり"に利用したが、気動車の夜行急行は少なかった。 「出羽」は郡山から乗車か郡山で下車で、他の列車と組合わせて、当時あった"東北ワイド周遊券"の範囲におさまるように乗車した。 |
肘折温泉到着 |
![]() 13時45分発の大蔵村営バスで肘折温泉へ。 |
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![]() 下左 終点の少し手前で、ヘアピンカーブを下る。1時間ほどで肘折温泉着。 下右 肘折温泉のバス停看板。 |
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温泉街散策のあと宿の風呂と夕食 |
![]() フロントそばの貼り紙に朝市について書いてあったので、尋ねてみた。 4月下旬からいつまでやっているのですか。11月下旬までということだ。当たり前だとは思うが、この時期はやっていない。朝市のやっている時期にまたきたいなぁ。 |
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![]() 先客が何人かいて、独り占めはならなかった。宿の湯とは別の湯も入れてよかった。 |
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![]() 部屋に戻るときに、22時から貸切風呂を予約しておいた。 |
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