4 日 目  タワーブリッジなど

 

タワーブリッジ
 朝食。

 この日はタワーブリッジとロンドン塔に行った後、ナショナルギャラリーに行く予定だ。
 地下鉄サークル線でタワーヒル駅へ。

 下   下車して少し歩くとあとで訪問するロンドン塔が見えてくる。"塔"と呼ばれているが、実質は城。
 
 先にタワーブリッジを訪問するのだが、車が通行止めになっていた。どうしてなのか、はっきりわからなかった。
 
 タワーブリッジは閉鎖されていた。この時は、歩行者も渡れず、見学もできないのだと思った。

 下   タワーブリッジを撮影しようと、少し離れたところへ向かった。

 跳ね橋が上がっていた。上るのはめったにないということでラッキーだった。
 
 
 再び、橋に行ってみると、歩行者も歩けないけど、橋の見学はできて、上部の通路を歩いて、対岸に行くことはできることがわかった。

 通行止めは、訪問日とその前日、翌日の3日間。跳ね橋が上るのは1日に2、3回しかないらしいので、運がよかった。

 見学者であることを伝えて、バリケードの中に入る。わずかな見学者以外は車も人もいない橋を見られた。

 入場券を買って、しばらく待たされる。上部の通路に上るエレベータを待つためだ。
 
 上部の通路を歩く。

 下   橋の上部から見たテムズ川。東側を見ていて、遠くに見える高層ビル群はドックランズの再開発地区。
 通路には下が見えるようになっているところがある。テムズ川や跳ね上がった橋が見えて、少し怖い。
 上の部分を歩き終える。橋の対岸までの部分を見下ろす。バリケードの内側に車があるが、工事用の車かな。

 階段で下まで下りた。
 
 対岸のバリケードを抜けたところ。写真の右手に、機械室と土産物屋がある。
 機械室へ。1976年までは跳ね橋の上げ下ろしの動力を蒸気機関でしていたようで、そのためのボイラー。
 動力の発生させる部分は蒸気機関車の車輪を思いうかべさせる。
 
 再び、上の通路に上って、対岸に向かう。エレベータを待つ間に、上った跳ね橋を直近で見ることができた。
 
 上の通路から見たテムズ川。西側を見ていて、船はHMSベルファスト号。
 橋の北詰(やってきた側)のバリケードの外側に戻り、タワーブリッジの観光を終える。
ロンドン塔
 ロンドン塔に向かう途中、跳ね上がったタワーブリッジをもう一度、よく見ておく。

 左   ロンドン塔の入場券売場まで遠かった。売場から、やってきた道を引き返して中へ入る。

 下の門は、トレーダースゲート(反逆者の門)。ここを通ると二度と出られないと言われた。

 上部の木造の部分は、Medieval(中世の)パレスとの説明があったが、ずいぶん大雑把な言い方だ。 
 メディ―ヴァルパレスの中には、エドワード1世の寝室の想像模型などがあった。
 
 ホワイトタワー。

 11世紀、ウィリアム1世のときに、ロンドン塔の中で最初に建てられた。
 
 内部は、古武具などの展示があったが、多くあったわりに興味はわかなかった。

 ただ、日本から江戸時代のはじめに贈られた甲冑もあったのにはびっくりした。鎖国になる前、旧教国を排除して、オランダ一辺倒になる少し前は、英国との友好も模索していたということのあらわれだし。
 
 ジュエルハウス。

 宝石つきの国王の冠はじめ宝器が展示されている。内部は撮影禁止。
 
 ここは人気があり、15分ほど並んで入館した。

 内部でも立ち止まらないようにせきたてられたり、一番人気の王冠のところは動く歩道に乗っての見学だった。
 
 ジュエリーハウスを出たあたりは、かつて処刑場だったらしい。16世紀ころを中心に斬首刑がおこなわれていた。

 
 Bloody Towerという血生臭い名前の建物があった。

 写真では斬首刑のイメージ画像が投影されているが、ここは処刑場ではなく、監獄だったところ。
 
 処刑された人物の展示。

 右上は、ヘンリー8世の王妃で、エリザベス1世の母であるアン・ブリン。ヘンリー8世によって、処刑された。

 真中の下が、1941年、最後の処刑となったドイツ人スパイ。

 ほか、ヘンリー8世に反逆したとしてトマス・モアが処刑されている。
 
 別の元監獄では、拷問用具が展示されていた。足と手をしばって、別方向に引っ張る装置。
 
 ロンドン塔ではカラスが飼育されている。カラスのゲージもある。

 王宮でありながら、処刑場や監獄でもあったロンドン塔をあとにした。
ナショナルギャラリー
 
 上   タワーヒルから地下鉄サークル線とメトロポリタン線を乗り継いでチェリングクロス下車。

 左   地上に出ると、そこがトラファルガー広場。
 
 トラファルガー広場に建つネルソン記念柱。

 1805年、ネルソン提督率いる英国艦隊が、トラファルガーの海戦でフランス・スペインの艦隊をやぶり、ナポレオンの英国進出をはばんだ。

 下   ナショナル・ギャラリー。
 
 
 
 
 
 上左   入口はローマ風の建築。でも出っ張った屋根を裏側から見るとモダンな感じ。

 上右   玄関を入ったところ。

 左   ゴッホ「ひまわり」。ゴッホの絵画の中で一番有名なものだろう。同じような構図のひまわりの作品を描いているが、その1つ。南仏アルルで描いたもの。
 
 モネ「アルジャントゥイユの雪景色」。

 モネの住んだパリ郊外の街。どんよりした雪の積もった日の雰囲気がでている。
 
 モネ「睡蓮」は数多く描かれているが、これは太鼓橋を入れて描かれている。睡蓮は細かく描かれている。
 
 ルノワール「小舟」。

 セーヌ川でおしゃれな服装をした女性がボートを漕いでいる。

 自分が興味をもつ印象派の絵画はそう多くなかった。フェルメールの絵画が1点あるのだが、そのウィング全体が閉鎖されいたのが残念。
 
 続いて、ナショナル・ポートレイトギャラリーへ。

 古い時代の有名人が多く、ほとんどわからず、歩いて通過しただけ。
 
 珍しく誰だかわかったのがエリザベス1世。

 ヘンリー8世とアン・ブリンの子で、英国国教会を確立する。
中華街で飲茶
 
 上   ナショナル・ポートレイトギャラリーを出て少し北へ向かうと、レスター・スクエアがある。

 左   さらに北には中華街があった。ここで夕食をとる。
 
 ビュッフェ式の格安店もあったのだが、キャッシュオンリーというのが嫌で、また料理がありきたりのものがほとんどなので避けた。

 入店したのは「プラムヴァレー」という店で、外のテーブルを利用。
 
 飲物は、青島ビールにした。
 普通の料理もあったが、飲茶にした。

 左上は小籠包、右上は野菜を詰めて蒸したもの、右下は揚げ春巻。

 美味しかったのだが、ビールと合わせて、約26£、約5000円で高いのが難点。
 
 紫の中身。
 
 レスター・スクエア駅から宿に戻った。途中、朝食のパンなどを買った。
 

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