13日目  博物館めぐりとチャイナタウン

 


歴史博物館
   ホテルで朝食を食べたあと、外出。朝食は前日とまったく同じで、写真は省略。

  CTAバスは南北、東西の通りをまっすぐ通行するルートが多いという情報から、歴史博物館へ行くバスはクラーク通りを走っているだろうと予想して、ホテルのある通りとクラーク通りの交差点にある停留所に行ってみた。予想通り、22系統に乗れば行けることがわかった。行先がCLARKと主な通りの名が表示されているのが特徴。
 
  車内。ベントラカードで乗車したので、運賃はまったく気にしなくてよい。
 
 シカゴ歴史博物館。建物が見えてきたところでバスを下車。

 下左  博物館を見る前にリンカーンパークを少し歩いた。リンカーンパークは南北に長い公園で、南端部だけだが。

 下右  リンカーン像もあった。

 
 
 上左  1871年のシカゴ大火については大きなスペースがとられていた。大火のあと、現在のシカゴの街の原型ができたようだ。

 上右  馬小屋で馬がランプを蹴ったのが大火の発端だという説が有力。それを描いた絵。

 左  かつての路面電車。 
 
 人権のコーナーの中には、ごく簡単なものだったが日本人の強制収容所に関する展示もあった。

 かなり見ごたえのある博物館で2時間ほど滞在した。
 かつてのドイツ人街である「オールドタウン」。古い建物の中にはドイツ風の雰囲気のあるものがある。 
  ブラウンライン、パ−プルラインのセドグウィック駅。

 下左  古い駅舎。

 下右  ブラウンラインの列車。
 
 




メトラ乗車に苦労しながら科学産業博物館へ



 
 
 
  上左  ブラウンラインで都心に行った後は、地下にあるメトラのミレニアム駅の入口を探した。

 ここが入口かと思って地下に下りたが、違っていた。

 上右  昼食をとったカフェテリア。

 左  店内。
 
  ローストビーフのラップとチャウダー。
 
  いったん地上に上ってメトラの駅への入口を見つけた。

 向こう側にミレニアムパークがある。地下へ下りると、地下街があり、地下駅があった。こんな大きな駅があったとはびっくりだった。ここからメトラに乗って、科学産業博物館へ向かう。
 
  ベントラカードはメトラは乗れないので切符を買わねばならない。珍しくメトラは自動券売機じゃなく、有人窓口で切符を売っている。

 写真は、購入した、ゾーンAからゾーンBへの片道切符だ。車内改札で入挟してある。

 でも、切符を買うのに一苦労した。科学産業博物館最寄りの駅の 55th-56th-57th St に行き、帰りはシカゴ大学最寄りの 59th St (Universiy of Chicago) から帰るつもりだった。

 切符を買うとき、55th-56th-57th St は英語では言いにくいので、帰りに利用するつもりだった駅のカッコ内の言い方University of  Chicagoを略して University と言った。

 Universityと略したのは、出発時刻の表示を見ると直近の列車の行先が University と表示されていたからだ。このUniversity は University of Chicago のことだと思っていた。近距離だけれども、シカゴ大学への通学列車だと思ったのだ。

 ところが、Where do you go? と返され、発音が悪かったのかと思い、またUniversity と言うと、また Where do you go? と言われ、今度は略さずにUniversity of Chicago というと切符を売ってくれた。正式な駅名を言わないと売ってくれないのか? とそのときは思った。

 乗車したあと、切符売場で手に入れた時刻表を見てハッと気づいた。この列車の行先は University park というところで、University of Chicago を出てから50分くらい走ったところだった。窓口で切符を売ってもらえなかった理由がわかった。University park か University of Chicago かどちらかわからなかったからだ。
 
 ホームは改札よりさらに1つ下の階にある。

 University park行き(乗ったときにはUniversity of Chicago行機と思っていた)列車に乗車したが、2階建ての客車だった。

  巨大だけれども地下にあるミレニアム駅を見つけられず、やっと見つけたら今度は切符を買うのに苦労したが、乗れてほっとした。
 
  2階建て客車の内部。2階部分はロングシートで、1階から2階の様子が見終えるのが特徴。

   保安対策で2階の様子が1階からわかるようにしているのと、車内改札のときに車掌は1階にいても2階の客の切符を調べることができるようにするのが目的だろう。

 2階建ての通勤列車は、以前、サンフランシスコからサンノゼまで乗車したことがあるが、やはり2階は真中があいていて、1階からわかるような構造になっていた。ただ、2階部分が1人席のクロスシートだった点が違う。

 そして、乗ってしばらくしてUniversity parkが行先だとわかったのだ。 
  55th-56th-57th St に到着。

 客の乗り降りはわずか。入口の内側に2階への階段が見えている。
 駅名標。"St"は省略されている。ホームから下に下りる階段には、最寄りの通りを、56thのように表示して、わかりやすくしている。
 
 10分ほどで科学産業博物館に到着。ここはCTAトレインとバスで来るのが一般的だが、メトラを使うと圧倒的に早い。

 一度、地下に下りて入場券を買って見学開始。オプションの見学がついている券もあったが、何がいいかわからず、入場券だけのものにした。
 
 パイオニア・ゼファー。

 1934年に登場し、1960年まで走った。ステンレス製の軽量列車。先頭は機関車で機器類が詰まっていたが、外からそんな感じがしない。当初は、機関車と客車が連接車になっていた。

 その後、〇〇〇ゼファーという列車名が多く使われ、現在も、シカゴ・サンフランシスコの列車名にカリフォルニア・ゼファーという名が残されている。
 
 ボーイング727。

 ユナイテッド航空が所有していた機で、時代を感じさせる。

 下左  機内。ビジネスクラスだろうか。席はいまのエコノミークラスよりやや立派な程度。真ん中の通路が広かった。

 下右  操縦席は今よりも機器類が複雑に詰まっている感じ。
 
 
 
 上左  雲をつくる実験だったと思う。なかなか面白くて、長く見ていた。

 上右  鏡の迷路。小さな部屋なのだろうが、出るのに苦労した。

 ほかにアポロ8号やドイツの潜水艦、炭鉱の施設などを見学。人体標本は日本では展示されないだろうなと思った。

 14時に入館して、閉館時間の16時まで滞在した。

 左  もともとはシカゴ大学のキャンパスも見に行こうと思っていた。大学よりも、フランク・ロイド・ライド設計の建築であるロビー邸が目的だった。しかし、曜日の関係でロビー邸は閉まっていた。それでも、大学を見に行こうと思ってはいたが、予定より遅くなったのでとりやめ。

 メトラで帰ろうかと思ったのだが、ループエリアまでノンストップのバスが目の前に止まっていたので、急きょ、そのバスで都心に戻った。
チャイナタウン
 ノンストップバスは25分ほどでループエリアに入り、シカゴ美術館近くの停留所で下車して、アダムス駅からオレンジライン南行に乗車。

 "Loop"の南東の隅ではT字分岐を見た。写真の奥の方が西。オレンジラインは南(写真では左)からきて、西に向かい、ループを一周して、北(写真では右)から南に向かう系統である。
 
  ルーズベルト駅で乗り換え。オレンジラインのホームは高架にあって、前々日に建物だけ見たジェッド水族館が見える。あのときも、ルーズベルト駅までは近かったのにと気づいた。
 
 ルーズベルト駅でレッドラインに乗り換えるが、レッドラインのホームは地下。この駅はCTAとしては珍しく、高架部分と地下部分が改札内でつながっていた。
 
 チャイナタウン駅は高架駅。ホームから中国風の建築や中華門が見える。
 中華門のホームから見える側には孫文の「天下為公」という言葉が書かれているが、裏側には「礼義廉恥」と書かれている。これも孫文の言葉なのだろうか。

 下左  国父記念館があったが、閉鎖されたあとだった。

 下右  公共図書館も中国風のつくりだ。
 
  上左  中国料理店の集まるエリアは中華門から始まる通りとは少し離れたところにある。なんだか寂しい感じ。

 上右  「旺角」という香港の地名の店に入店。

 左  店内。通りの寂しさと違って、きれいで明るい店だ。でも、客は多くはなかった。
 
 「潮州炒河」を注文。米の麺を「河粉」ともいうので、「潮州炒麺」と同じだろう。でも、何をもって潮州風といっているのだろうか。

 豚肉、えび、いか、もやし、玉ねぎなどが入った焼そばで、麺はきしめん状の平な太い米麺。

 ビールの写真を撮り忘れたが、ビールもあわせて税・チップ込み約22ドル(約2400円)。

 チャイナタウン駅からレッドラインでホテル最寄りのグラント駅まで戻り、スーパーで飲物などを買って帰った。

 

 

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