2 日 目 後 半

 

メーサロン、カレン族の村

 

  悪路を通って、ミャンマーとの国境にも近い山間にあるメーサロンに到着。ここは、華人と山岳民族が暮らす町である。中国語では、「美斯樂」と表わされる。

  この華人は、第2次大戦後の中国の内戦で共産党に敗れた国民党軍のうち、雲南省、四川省方面にいた部隊の1万5千人ほどが、台湾に逃れた本隊と分断され、ビルマへと移動し、その人たちの子孫である。当初、ビルマを拠点にしていた部隊も、ビルマ政府軍に追われ、タイへと再移動し たのだ。そして、麻薬交易にもかかわり、集団を存続させてきた。1987年に、タイ政府に投降、その後はタイ国籍を取得して、平和に暮らしている。こうした華人たちの集まっている町がメーサロンだ。 

  この町では、中国文化が受け継がれている。そのひとつが茶の栽培で、ここで栽培された茶は中国や台湾に輸出されている。

  町にある茶芸館に立ち寄り、台湾風茶芸を楽しんだ。

 

  茶芸は、お茶を入れ、飲むということを芸術としてとらえる活動といえば良いだろうか。茶芸は、台湾で広まり、開放政策で豊かになった中国でも広まったものである。タイの田舎の華人町でも、それが楽しめるわけだ。

  もっとも、本来の茶芸は専用の急須や茶器を使うのだが、ここでは略式だ。だが、形式にとらわれないので、気楽でよい。

  米国人やオランダ人は、こうした茶の飲み方は初めてとみえて、興味深そうにしていた。

  茶芸館の裏手には、傾斜のある丘陵地になっており、茶畑が広がっていた。ここで栽培された烏龍茶などは、中国や台湾にも輸出されているという。

 

 

  次に、雲南料理の昼食。

 

 

 

 

  

  

  各自取り分ける中国料理スタイル。左は、料理を皿に取り分けた状態。おかずは鶏肉、きのこ煮、野菜の3種とスープであった。

  店内の壁には、国民党軍の訓練風景などの写真や、青天白日旗の入った額などがかけてあった。

 

 

 

 

 

  

 

  左上は、町の中にあった中国風の門。右上は、茶の売店。店の名が漢字で書いてある。もっとも、漢字が使われていたのは、店の名や一部の商品名で、中国語が氾濫しているわけでもなかった。

  メーサロンは自力でいく場合は、ソンテウを使って、チェンライから日帰りできるが、ほかのところを見学できるだけの時間のゆとりがない ので、ツアーを使ったのは正解。

  メーサロンからは、舗装された道を、1時間ほど車に乗って、カレン族の村に向かった。

  訪問したカレン族の村は、観光客向けの村になっているようで、ツアー代金に含まれていたが、ガイドが料金を払っていた。

 

 

 

 

   

  入口に近いところにいる女性は耳に大きなイヤリングをつけるため、耳が大きくなっている。カレン族の中でも、カヨー族と呼ばれる一派である。

 

 

 

 

 

 

  

  入口から300mくらい進んだところでは、土産物 の売店が十数店、集中している。ここにいた女性は、首にリングをつけていた。次第にリングを長くしていき、首を長くする風習をもっているという。 この人たちは、カレン族の中でも、バタウン族と呼ばれる一派である。

 

 

 

 

 

  

  首が長くなるものか不思議であったが、実は首自体が長くなっているのではなく、リングの重みで肩が下がって、首が長く見えているのだという。パダウン族の女性の全員が首を伸ばすのではないらしい。

  パダウン族の女性は、未婚のときは白い服、既婚になると色のついた服を着る風習があるらしいが、この村では、画像でもわかるように、子供が色のついた服を着ているし、詳しくはよくわからなかった。また、手首や足首にもリングを巻いていることもわかる。

  右は、村で見た女性の中で一番、首が長く見えた女性。

  織物を織っているが、チェンライ、チェンマイの業者を経て、タイ各地の土産物屋で売られるとのこと。

 

 

 

 

 

 

  売店で売られている手工芸品にも、パダウン族を形どったものも多い。

  売店のすぐ裏側が住居になっている。簡素な建物で、決して豊かじゃない生活ぶりが垣間見える。

  特異な風習が見世物のようになっているのを見るのは複雑な気持ちになる。この旅行記での掲載も、興味本位的なものではなく、山岳民族の文化を紹介する目的であると記しておく。

  このあと、1時間かけてチェンライに戻る車中は客もガイドも睡眠タイム。ホテルに着いたのは16時半。ツアーで2日間、チェンライの周辺をまわったが、これでおしまい。チェンライ周辺には、ほかにも行ってみたいところがあるのだが、交通の便が悪く、またツアーの世話になるか、車をチャーターすることになるだろう。

  1時間あまり休んだあと、ホテル近くのレストラン、キャベジズ&コンドームスへ。

  翌日に訪れる予定にしている山岳民族博物館の1階にあるレストランである。バンコクにも店があり、バンコクの店はガイドブックに掲載されている。

   奇妙な名前のレストランである。ここのオーナーは元副首相のメチャイ氏で、彼は副首相の在任時に、エイズ撲滅運動の一環として、国民にコンドームの使用を勧め、容易に社会に受け入れられるためにコンドームをメチャイと呼ぶキャンペーンも実施したという。

  かなり高級感のある店内であったが、値段はそう高くなく、味も良かった。

  ビールは、シンハを注文。ビールを飲みながら、料理選びに悩んだ。80バーツ(約260円)。

 

  量がどの程度かわからなかったので、まずHor Mok Talay Maprow Orn という料理を注文。ココナッツの中にシーフード(イカ、タコ、貝など)のココナッツ煮が入っている。辛くはない。90バーツ(約292円)。

 

 

 

 

 

  思ったより量が少なかったので、追加注文。Kai Yok、チキンとエビをミンチ状にして焼いたもの。回りには海草がちりばめられている。こちらも辛くない。85バーツ(約276円)。

 

  食事のあと、ナイトバザールに向かった。ホテルからは500mくらいのところにあるが、食事したレストランからは1kmくらい。

  たくさんのテーブルがでている広場の周辺にたくさんの屋台が出ている。もう1日、この町で泊まるなら、食事もここでするのだが、、再訪問する機会があれば、必ずやってこようと思う。

  広場にはステージもあって、とても賑やかだ。テーブルはほとんど空いていない。

 

 

  食べ物屋台だけではく、山岳民族が手工芸品などを売っているコーナーもある。道端に座って、地面に土産物を並べて売っている。

 

 

 

 

  

  このすぐ近くにバスターミナルがあるはずなのだが、どこにあるのかよくわからなかった。次の日の昼間にまたやってこよう。こうして1日を終え、 ネットカフェに立ち寄ってから、ホテルに戻った。

 

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