3 日 目 雲 仙
| 雲仙地獄と日帰り湯 |
朝食。大皿の下部は「浦上そぼろ」。ポルトガル宣教師からキリスト教が伝道されたころに豚肉が健康に良いと伝えられたことにはじまる料理。豚肉のほかもやし、ごぼう、にんじんなどで作る。 下 左は島原にゅうめん、右は焼きちゃんぽん。(コーヒーとデザートは前日と同じなので省略) |
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9時10分発の雲仙行きバスに乗車するため、駅前の大通りをはさんである県営バスターミナルに向かった。写真左下のバスは雲仙行きで、思っていたより早くきたようなので、急いだ。 |
乗場に着いたときには、すでに乗車が始まっていたが、かなりの行列だ。なるほど早めにバスがきたのだ。 |
着席はできたし、まだ席に余裕があって、立席客はでなかった。 |
11時前に雲仙着。 |
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上 バスを下車したすぐそばにある地獄は、土石流に埋められて見学できなくなっている。左 埋まっているが湯気がでている。かなり上部に砂防ダムを作っている。「たまご」と書いてあるところは行けるようだ。 |
清七地獄。遊歩道で先が見えない。
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お糸地獄。お糸は、島原藩で裕福な家庭の出身だったが、明治3年、密通をした末、夫を殺めた罪で処刑された。廃藩置県の直前で、島原藩で最後の処刑だったらしい。その直後にこの地獄が噴出したという。 |
どういうわけだか地獄の付近には地域猫が多い。ここでは、地獄で蒸すたまごも売られていて、迷ったが、買わなかった。 |
1627年2月と5月の殉教碑。この地で処刑された者とこの地で熱湯をかけるなどの拷問を受け長崎で処刑された188人が2008年福者に列せられた。 殉教碑はもう1つあり、1628年、1632年の殉教で、こちらは外国人の神父も殉教。1867年に福者に列せられている。 |
高所から見た地獄の全景。多くの人は、ここから上がり始めた入口へ戻るようだが、自分はもう少し長いコースへ。 |
ここにも猫がいて、立入禁止になっている箇所で温まっている。 |
大叫喚地獄。現在、湯の噴出量が雲仙で一番多い地獄らしい。 |
泥火山。泥が噴出しているが、粘性が大きく、噴出口付近が盛り上がって、火山のようになっている。 |
日帰り湯は3ヶ所あるのだが、2ヶ所は、この日は定休で、ただ1つ営業中である「雲仙よか湯」へ。 |
入口で入浴料を払い地下へ。 |
ラッキーなことにほかの客はおらず、湯を独り占めできた。 |
いい湯だ。湯は少し白く、硫黄のにおいも少しある。 |
壺に入る露天風呂があったが、外気が低いため冷めたのかぬるすぎて、入浴しなかった。帰りがけに入浴客がきた。観光客じゃなく地元民という雰囲気。 |
| 平成新山みて、中華街で夕食 |
平成新山を見るため、仁田峠へ向かうバスに乗車するのだが、まだ時間があるので、「雲仙お山の情報館」へ。以前は「雲仙公園ビジターセンター」だったが、名前をかえたようだ。 |
雲仙という名の山はなく、普賢岳などの山をまとめた群山の名だとは昔から知っていたが、どんな山があるのか確認できた。仁田峠からロープウェイで上がれるのが妙見岳。尾根伝いに最高峰の普賢岳へ行ける。その中腹に平成新山ができた(写真にはなし)。 |
バス停そばの温泉神社あたりを古湯といい、昭和初期の付近の写真。情報館あたりは、新湯といい、明治から大正にかけて、外国人向け避暑地として発展したそうだ。 |
バス停に戻り、仁田峠行きのバスに乗車。 |
14時発、仁田峠行きのバス。十人少々の乗車だった。 |
15分で仁田峠着。山上にロープウェイの上の駅がある。この山は妙見岳。 |
ロープウェイの下の駅まで上がった。写真右上に、上の駅が写っている。時間がないのでロープウェイは乗らない。下 上部には、上の駅、妙見岳、普賢岳、平成新山が見える。 |
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1992年、普賢岳の中腹に溶岩が出て、当時は溶岩ドームと呼ばれていたが、現在は平成新山という名がついている。ここは2度目の訪問だが、前回は45年前で、普賢岳爆発の前だから、平成新山ははなかった。とはいえ、当時の記憶は全く残ってない。 |
平成新山で白い谷は、犠牲者多数を出した火砕流の跡。現在、普賢岳まで立入ができるが、その尾根の平成新山側は立入禁止。普賢岳も立入禁止と思っていて、入山できるのが意外だった。 |
谷の下流は水無川(川の状態を表す一般的な言葉でなく、川の名前)だが、写真で下から「く」の字型に流れているようだが、正しいか自信はない。水無川の中流にある監視施設や、火砕流で焼けた小学校5年前に訪問した。 その記録・・原城跡と火砕流被災地 |
バス停に戻る途中で部分的にきれいな紅葉が見られた。全体的には盛りをすぎていたようだ。 |
ミヤマキリシマかな。春の花だと思うが、あちらこちらで咲いていた。 |
14時50分発のバスの中から撮影。斜面の左上にロープウェイの上の駅、右真ん中に下の駅が見える。 |
雲仙のバス停に戻り、バス停前の土産物店へ。"湯煎餅"という文字にひかれた。 |
抹茶ソフトクリームに湯煎餅がついたもの。煎餅はこちらでは「せん"ぺ"い」というようだ。温泉水を使った煎餅で、有馬温泉の炭酸せんべいと同類のもの。 |
煎餅だけ撮影。 |
いつの時代かわからないが、多分昭和40年ごろかな。にぎわっていたことがよくわかる。 |
温泉神社に参拝。 |
境内にあった夫婦柿。絵馬は柿の形と色をしている。 |
16時10分発、長崎駅前行きのバスに乗車。18時前に蛍茶屋で下車。路面電車で新地中華街に向かう。 |
新地中華街にある「福壽」へ。 |
店内。下左 生ビール。 下右 ちゃんぽん。前日にも食べたが、かまぼこや豚肉がこちらのほうが多いかな。美味しかった。 |
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宿に戻り、少し食べたりなかったのでラウンジへ。20時30分ごろで、コーディアルデザートタイムの時間内に入れた。飲物はジンジャエール。 下 ケーキやフルーツはかなりなくなっていた。かわりに、カステラせんべいやみかんセリーをいただいた。 |
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トルコライススナック。長崎名物トルコライスにちなんだスナック菓子だが、どこがトルコライスに似ているのかよくわからなかった。 |
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