9 パ ム ッ カ レ
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パムッカレとヒエラポリス |
この日はデニズリへ移動、ホテルに荷物を置いてからパムッカレとヒエラポリスに向かうつもりだ。 バスは9時30分発なので、7時30分ごろにレストランへ。しっかり朝食をとった。 このホテルもオリーブの種類が多く、写真では黒と黄が各2個写っているが、黒も黄も違う種類のを1個づつとった。 |
フルーツと干しフルーツ。このホテルも干しフルーツを多く置いていた。 8時30分にホテルを出て、オトガルに向かった。 |
9時30分発のデニズリ、パムッカレ行き。 今回はデニズリに泊まり、パムッカレへはデニズリのホテルに荷物を置いてから出かける。デニズリ泊にしたのは、翌日は日帰りでアフロディスィアスへ行くから。 |
上左 車内。 上右 途中、トイレ休憩のあったオトガル。 左 13時すぎにデニズリのオトガルに到着。地上より1階低い位置にバスが止まるが、地面を掘っていて、地下ではなく、明るい。 |
オトガルの中の飲食店街で昼食をとっていくことにした。ケバブ屋に入った。 |
ケバブとピラフ。 ケバブの下にピラフがあるが、あくまでもおかずの一種としての扱い。トルコでご飯がメニューにある場合は、ほとんどピラフだ。 下左 ラヴァシュ。ナンのような感じ。焼き目はついていないがアツアツだ。 下右 飲物はコカ・コーラ。 |
オトガルの裏口から2、3分の「ラオディキア」。今回は訪問しないが、デニズリからパムッカレに向かう途中にあるラオディキア遺跡から名前がついたようだ。 チェックインタイムの14時の20分ほど前に着いた。入れると思っていたが、20分ほど待ってほしいと言われ、ロビーで待った。 |
やっと部屋に入れた。そこそこ広くて、いい感じの部屋だ。 下左 窓側から入口側を見る。 下右 トイレとシャワー。 |
部屋に荷物を置いて、すぐにオトガルに引き返した。 14時20分のパムッカレ行きのドルムシュが出発直前で、急いで乗車。 |
30分ほどでパムッカレ村に到着。石灰棚の見えるほうに向かった。 下左 入場券売場と入口。パムッカレに限らず、トルコでは大部分の観光地ではバーコード読み取りによる入場になっている。 下右 白いのは石灰石によるため。裸足になって歩く。 |
ところどころに水がたまっている石灰棚がある。 |
こちらも石灰棚。 下左 足を水につけている。白いのは石灰のため。 下右 縞に見える部分は盛り上げっている。ここを歩くのは痛かった。 |
石灰棚を横から見ると風呂のような感じ。 下左 パムッカレは16年前にも行った。16年前は、干上がっている石灰棚はわずかであったが、今回は、干上がったものや写真のように干上がりかけているものの数が増えていた。将来、なくなってしまうかもしれない。 下右 一番上のところ。ここで履物を履く。 |
博物館。 南大浴場だった建物を利用している。 |
博物館の内部。写っているのは石棺。 下左 屋外展示。 下右 パムッカレ温泉入口。16年前には、ここで入浴したが、今回はヒエロポリスで時間をとりたいので、入らなかった。 |
ヒエラポリス遺跡。石灰棚の上部にある都市遺跡。 円形劇場の外観。丘の上のほうにあるので、上がるのが大変。 |
円形劇場で、上部から見下ろした様子。真ん中の高さ(舞台の柱の上の高さ)より下は入れない。 |
ヒエラポリスの最も高いところにあるマルディリウム。 |
マルディリウムにある神殿。 |
アゴラ。 ヒエラポリスの西半分には行く人もほとんどいない。視界にほかの人が入らない時間が多い。 下左 ドミティアン門。 下右 ネクロポリスにあった石棺。 |
上左 北門に向かったが、誰も歩いておらず、遺跡もなくなり、気持ち悪かった。 上右 日没も見られた。 左 北門に着いた時には、すでに門が閉まっていた。人がみつかり明けてもらって外へ。10分ほど待ってやってきたドルムシュでデニズリへ。 |
デニズリのオトガルに着いた後、鉄道駅で翌々日に利用する列車の時間を調べた。そのあとで、夕食をとるレストラン探し。 ピデの専門店があったので、入ってみた。ピデは、ピザの起源ともいわれる、トルコ版のピザ。 |
上左 店内。 上右 飲物はファンタ。 左 トマトはピデの付け合わせ。右は別注文のヨーグルト。 |
ピデは舟型をしているのが特徴だが、真ん中で切って、2枚を重ねてある。 メニューはトルコ語だけで、尋ねるのも面倒で、一番上の kimali にした。旅行記を書くときに調べたら牛肉だった。全部含めて25TL(約470円)。 |
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